金箔のお話⑧:いろんな国での箔打紙の違い①

絵画の構造

本日も軽くだけ、金箔のお話。

「金箔の質は箔打ち紙の質次第」のような話をこのシリーズでお話ししましたが、手持ちの資料にいろんな国の「箔打紙」(過去と現在)が書かれているのを見つけたので、今回はその違いについて。

今回参照している資料は「金沢美術工芸大学」の美術工芸研究所の研究資料です。非常に興味深い資料ですので、ご興味がありましたら金沢美大にお問い合わせをして取り寄せたり、あるいはおそらく美術系大学の図書館の蔵書には存在するかと思いますので、探して読んでみてくださいね(私の持っている資料はすでに絶版だったりすることが多いので…。でもだからといって学生さんなどは、当ブログを鵜呑みにレポートとかを書かないでくださいね)。

日本の場合

日本の箔打紙についてはすでにこのシリーズの最初にお話ししているので、どちらかというとそちらを読んで下さい、ではあります(苦笑)。

日本の場合、過去は「灰汁漬けした雁皮紙」などが用いられていましたが、現在は藁紙やハトロン紙や、下地紙にグラシン紙を用いたカーボン紙を使用しています。ただし、「澄打紙」と「箔打紙」で使用する紙を区別していたり、現在でもわずかではありますが、「灰汁漬けした雁皮紙」が用いられていたりします。

なお、ここでカーボン紙と書くと「あの文房具屋さんで見るカーボン紙?」と誤解があるように思いますが(かくいう私も最初にカーボン紙ときいて、それを想像しましたので。苦笑)、そうではなく、ここでは【石油や植物油の油煙を紙に塗布したもの】を指します。

両者の違いは、文房具屋さんで見られるものは「複写」を目的としたもので、「色がつかないと意味がない」ものですが、「箔打紙」の場合は色がつく必要はない、といいますか「色がつくと逆に困る」はずですので、カーボン紙を使う理由は別にあるはずだと思います。

それを考える上で、石油や植物油を原料とした「油煙」を使ってる、ということは非常に有力なヒントであると思います。これは複数の箔打紙の比較でも明確になると思うので、とりあえず、こういうものを使っている、ということを念頭に記事を読んで下さい。

中国の場合

これに対して日本に近しい中国なんかはどうでしょうか。かつては手漉きで灯黒が塗布された烏金紙(竹紙)が使用されていたようですが、現在は機械生産された烏金紙(竹紙)が使用されているようです。ちなみに機械生産型の烏金紙は「炭黒塗布」がなされているもののようです。素材としては同じ「竹紙」ではあるようですが、「手漉き」と「機械生産」、そして「灯黒」と「炭黒」の塗布物の違いがあるようです。

日本では聞きなれない「竹紙」ですが、中国ではよく使用されているのか、中国作品の支持体が「竹紙」ということも珍しくはなかったはずです(表具が専門ではない私でも「中国は竹紙ってものを使うのか」くらいの認識がありますので…)。

そのうえで「灯黒」と「炭黒」ですが、「灯黒」は「油煙」による「黒」という認識で正しいはずです。一般的に「油煙」は樹脂やピッチ、タール、石油や鉱油を燃焼させ作った「煤」を原料としたものですが、私が参照している資料によると、中国の箔打紙のための油煙は青油、桐油あるいは豆油(大豆油?)、菜種油、ごま油より得られるものなのだそうです。

ちなみに油煙は西洋の場合インクの、東洋の場合は書道で使う「墨(固形のやつです)」の原料となります(なお西洋のインクは全くの水性のものもあります)。

対して後者の「炭黒」ですが、これに関しては参照資料に詳細がありません。ですので素材が何かは言明できませんが、あくまでも一般論として「炭黒」と言われると「モノを蒸し焼きにして作った炭」を原料とした「黒」と読めます。

この「炭黒」、現代で身近なものですとキャンプとかの煮炊きの火付けとか、昔だと顔料の素材とか(現在もそういう名前のチューブ絵具はありますが、大体は代替の化学素材が原料です)、絵を描く方ならデッサンに使う「木炭」なんかも「炭」ですね。防臭素材などにもよく使われています。現代でも結構身近な素材です。

箔打紙の基底材である「竹紙」自体は(製造方法は違えど)変わらないのに、なぜ「黒」を変える必要があったのだろう…と思います。手漉きと機械製造の製造工程上の話なのか、実際の製品上の問題なのか…とか色々考えますが、あくまでもブログ主が下世話なことを考えると製造上の経費と労力みたいなものがあるんじゃないかなと推察します。

これ、実際に自分で経験すると実感できるのでいいのですが、「灯黒」をある一定量集めるのは、ひじょーに時間もお金も労力もかかります。あくまでも火事にならない場所でお試頂きたいのですが、ろうそくに火をつけて、その上にお皿の表面をろうそく側に向けてかざしておくだけで採取はできるのですが、お皿一杯に煤を集めるのにどれだけろうそくがいることか!となると思います(苦笑)。逆に「炭」は素材次第ではありますが、場合によっては最低600度程度の低温で焼き上げができるので(私の日本での修士時代での研究ですので。笑)、その「加熱できるシステム」さえあれば、結構簡単に大量に作ることができます。

しかしながら出来上がった「灯黒」と「炭黒」の性質は全くに異なります。実際「炭」が身近にある方なんかはお試されるといいですが、「炭」というのは非常に硬質で細かい粉体にするのは結構大変です。まぁ、製造だけの問題だけでなく、「油煙」と「炭黒」の触感は結構違いますので、そこは問題なかったのかなーとか(ちなみに現在の黒色顔料の殆どはアニリンなどの非天然素材からなることが多いため、購入した顔料での比較は得策ではありません)。とはいえ「炭」の原料がもし動物の骨や角などある程度「粘り」のある素材なら、「油煙」に及ばすともある程度とはいえ同様の目的が果たせるのかなーとか、そういうことを考えます。

一般的に素材が変わるとか、製造方法が変わるとかは、似たような効果をより簡略化し、より安価に、といったことを目的とするはずですので、こういう資料上書かれていない「どうして?」という部分を考えるときに「比較する」とかは非常に有用で楽しいように思うのです。

とりあえずのまとめ

今回は2国のみの違いを見ましたが、いかがでしょうか。

参照している資料を拝見していると、いろんな先生方が実際に現地で取材して調べている様子が分かるので、本当に興味のある方にはこんなブログではなく実際の資料を読んでみてほしく思います。

というわけで本日はここまで。当記事を最後まで読んで下さりありがとうございます。ではではまた。

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