保存修復を学ぶ際、文化財を構成する「素材」を理解することは非常に重要です。医療でいうと、患者さんを「人間(絵画であるとか、彫刻であるとか)」と理解できても、「人体」について詳しく知らないお医者さんというのはいないはずだからです(そして同時に例えば男女が違うとか、血液型が違うとか、アレルギーの有無とか、そういう個々の人間としても違うということも)。
古典絵画において、特に西洋絵画の場合宗教画においては金箔は必要不可欠ですし、また「絵画の保存修復家」は額縁まで修復しますので、箔付きの額を修復する上でも金箔の知識は重要となります。額の修復?と思われるかもしれませんが、ある種の西洋絵画の構造と額縁の層構造はさほど違わないためです。
とはいえ実際の絵画作品において、宗教至上主義だった時代から現代に近づくにつれ、「作品上」での金箔の使用はほとんど見られなくなります。例えば13世紀のチマブーエ、ドゥッチオ、13世紀後半から14世紀前半のジオット、14世紀のマルティーニ、14世紀半ばのジョヴァンニ・ダ・ミラノ、14世紀後半のロレンツォ・モナコ、15世紀のマサッチオ、カルロ・クリヴェリ…。ここらへんなんかは有名ですし作品を検索していただけるといいのですが、とてもわかりやすく金箔を使っています。
有名な画家ばかりを例に挙げたので上記の画家たちの共通点に気づく方は多いかと思いますが、彼らはイタリアの画家です(とはいえ当時は「イタリア」という国はないので、厳密にはひとくくりではないのですが、そこら近辺の土地で活躍した人達、ということです)。同時に上記の作者たちの技法が、時代(世紀)が違いながらも同一であることにもお気づきになるかと思います。美術館のキャプション的に言うと「基底材は板 / 描画材料はテンペラ」。勿論この2つの素材が関わるなら他の層の部分の条件も似たものとなるはずです。
過去記事でも書いていますが、かつては同じ時代でもイタリアならこういう技法材料、フランドルならこういう技法材料という土地ごとの特色がありました。とはいえ、当時はパトロン(教会関係者、王族、有力商人など)に「画家の〇〇さん、私のために絵を描いて」と発注された場合、amazon的に作品を発送!ではなくて画家本人が移動するらしいので、そういう移動などで異国の技法材料の知識を得て、ある土地などの技法が他の国へ広がっていくことになります。でも今のネット社会のように、一夜でバズって何万人に知られる、なんてことはなく、静かにゆっくりと広まっていきます。
逆説的にイタリア以外では金箔は使用していないのかというとそうではありません。私が修復に関わったフランドル作品(画家不明)の14世紀終わりだか15世紀初期くらいだかの作品でも金箔は使用されていましたし、有名作品だと15世紀のウェイデン、メムリンクでも背景が金箔の作品があります。他の国だと15世紀前半ドイツのシュテファン・ロッホナーの薔薇垣の聖母は有名ですね。15世紀中盤フランスのアンゲラン・カルトンなんかも「天国関係」は背景が金箔です(それ以前の作品はいずれも署名がされていないなど、「この人のこの作品!」とは言い難いですね…)。
ここまででお気づきのとおり、西洋で昔々において「金箔」を使用するのは「キリスト教関係」の作品で、でした。加えて上記のいずれの作品も技法材料を確認されると面白いと思いますが、描画材料はちょっと置いておいても、基底材はいずれも「板」です。
これらはあくまでも上記わざわざ作者の名前、場合によっては作品の名前を限定していますので「そういう共通点もさもありなん」とは思われそうですが、いずれの作品の金箔表現も見て頂いた上で「こういう表現をする場合、基底材は板でしかありえない(実現が難しい、あるいは保存することが難しい)」ということが、「実際にその技法をやってみた人」には理解できると思います(だからこそですが、保存修復を学ぶときにいかなる大学や専門学校、あるいは大学院においても、日本であろうと海外であろうと、絶対的に授業に組み込まれるのが古典技法の模写で、しかも基底材への下準備から実施します。実際に経験しないと腑に落ちにくい話なので…)。
だからこそですが、イタリアでは早々に基底材が板から布に切り替わり、板の基底材大好きなフランドルも16世紀前半には大分布勢力が強くなりますので(とはいえ板の基底材が絶滅することはありませんが、15世紀のような厳密な扱いはありません)、基底材の変更と同時に金箔を用いた表現、技法材料も「引き続き使えるもの」もあれば「板の上でなければ難しい」ものもあると気づいていったことでしょう。
また、金箔は西洋絵画の伝統でいえば宗教の「聖性」を表現するために使用するので、宗教画で使用されるのが殆どなわけですが、時代が昔々から現代に近づくにつれ、パトロンが必ずしも宗教関係ではなくなる利率が上がります。
例えば中世なんかのパトロンは教会関係か君主的な人が一般的(一般的というのは100%という話ではなく、勿論例外もある上で、主にということですよ)ですが、ルネサンスに入るとここにさらに「ギルド」が入ってきます。さらに16世紀以降ほどになると「貴族」や、特にオランダだと「一般商人」が入ります。さらに時代が現代に近くなりフランス革命以降くらいには「王政」が倒れており、「教会」の力も弱いのでパトロンは「富裕市民」に移行します(とはいえ教会が全く絵を求めないわけではなく、主流的なものの話です)。こういった「パトロン」の意向、資金源というのも非常に重要で、時代や場合によると使える絵具や材料の指定、その量の指定までもありますので、その中からそれらの色味が効果的に視覚的に発揮できるように画家は頑張っていたりします。で、さすがに「一般人」に金箔は使わないよねとか、リアルな「風景画」に金箔はないな、とか、時代が近現代に近くなるほど画題としても「箔」を使う理由がなかなかない、「あっ、金箔使っている」とわかりやすい作品が近現代に近づくほどなかなかない…ということになります。
これに対して現代に生きる我々が、しかもおそらく美術に詳しくなくても知られていそうな金箔を使っている画家さんとして「グスタフ・クリムト」を思い出すことができるでしょう。有名な「接吻」など、金箔多用技法でも基底材が画布であることが興味深いところではあります。もともと古典美術的教育を受けていた人だけれど、十代後半くらいから美術とデザインの請負などをしており、劇場の装飾の仕事のような「装飾家」として名高かったよう。きっちりとした美術教育を受けた上での「デザイン」や「装飾」の経験といった全てがあったからこそのあの表現、あの技法材料と思うと、「そういう人生だからこそ行きついた作品」と感慨深く思いますね。
ちなみに金箔の使用はイーゼルペインティング(壁など不動産から切り離された絵画)に限った話ではありません。ロマネスクやゴシックの頃合いについての技法材料は不明ですが、私が知る限りですが例えばアールヌーヴォー建築におけるファサードの装飾のフレスコ技法に金箔が使用されていたりもします。ただしこの場合の技法も、13世紀から15世紀の板を基底材とした絵画作品の金箔技法的なものではありません。
材料を知る、技法を知るというのは、勿論制作者の特徴などを知るためもありますが、同時に「作品が適正に作られているか(使用する素材を作品が長持ちするような技法材料で使用しているか)どうかを知る」指針でもあります。その素材自身は丈夫なものでも、他のものとの組み合わせによっては脆弱になることはよくよくあることです。お料理でもその素材だけならおいしいのに、「なぜこれと一緒に料理した?!」というようなことがあるでしょう?
作品を知る上でそれを構成する素材を知る、またその素材と一緒に使われている素材とのコンビネーションを知ることは保存修復を生業にする人間が作品を理解する上で不可欠、というのもあるのですが、美術を愛する人にとっても単純に興味深いことであるのではと思います。
というわけですでに大分長くなりましたので本日はここまで。この記事を読んで下さりありがとうございます。
#金箔 #技法材料
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