2つ前の記事から、20年ほど前に、ブログ主が絵画保存修復関係者であるということを知っている知人女性(非家族、非親戚)から、「所詮【もの】は傷んで無くなるのだから、そんなに躍起になって処置する必要性がどこにあるの?」ということを発言されたことを思い出し、それについて個人的に考えてみております。
2つ前の記事における先述の質問の回答としては、「処置をしないと物理的に文化財は残らないから」ということを書きましたが、直近の記事での別回答としては、「オリジナルがないと失われる【情報】が多大だから」というように回答しております。詳細は上記の記事をそれぞれご覧いただけますとありがたいです。
加えて直近の記事にて、「オリジナル」が存在しないと、適正なコピーだって作れないという話をしておりますが、コピーを作るにせよ、最近はただ平面的な写真(色彩のみのコピー)ではなく、物理的な風合いまでもコピーしたものがあるので、そういうものをオリジナルとして残すことを、ちょっと考えてみる次第。
ということで、色彩のみならず、絵画の質感をもコピーする技法、たとえばジクレー印刷を考えてみます。近年、デパートなどの版画などを販売しているようなお店で見ることができるジクレー印刷。確かこれは、絵画の色彩だけでなく質感をもコピーできるプリント方法だったと記憶しています。
ただ、ジクレー印刷も、きちんとした企業さんの場合一般的なコピーのようにスイッチポンで終えるということはなく、作品と印刷を比較して眺めて、複数回の校正を要するというお話を伺った気がします。
ですので、結局のところなんですけど、写真でいいじゃないか、コピーでいいじゃないかというものに対し、「適正な」それらを作るには、結局常にオリジナルが適正に存在していないと、それすらもままならないということとなるわけです。
また絵画芸術は視覚芸術ではありますが、その価値というのはその美観に限らないですからね…。作品そのものが歴史の生き証人であったり、その画家そのものであったりするので、3Dやプリントなどで外観だけ体裁を整えても、結局オリジナルそのものではないと喪失されるものというのがあまりに大きすぎるので…。
ものすごく端的な例を挙げるとしますと、3Dプリントやジクレー印刷で作品のコピーを精巧に作ったところで、ある作品がどのような素材で、かつどのような技法でその作品を制作したかというヒントはそれらからもらえない、ということです。
おそらくどういう業界でも、ある研究対象に対して、「今すぐはわからなくても、未来にもっと科学技術が発達したら、わかるだろうから」というそういう気持ちってあると思うんですよ。で、そういう時って、「写真で残す」とか「3Dの形で残す」ではなくて、「その物自体」を可能な限り残すはずだと思っています。例えば医療の場合は検体として、警察などの場合は犯罪の証拠として、「そのもの自体が残る必要性」というものが絶対的にあるはずだと思っています(上記のお仕事を実際しているわけではありませんので、推察にすぎませんが)。
ちなみにこういうお話をしております際に、古いものから、しかも書物などではなく絵画などから新たに学ぶことなどない、というご意見を持たれる方も多いかと思っております。加えてよくある誤解として、今現代の技術が最高で、素材の質なども今以上のものはないと思っている方は多いですが、そうではありません。
昔の素材や技法のほうが現代を上回るものは存在しますが、それが現代に浸透していないのは、「利便性」や「安価」といったところに流れたためで(ただし、一般的に進化というのは「利便性」などありきですので、当然のことです)、だからこそ失われた技法もあれば、逆に今はどう頑張っても手に入りにくい素材などもあるでしょう。「今」「現代」が最高!と思いこんでしまうと、過去に学ぶことはありません。実際、現代の発展において、こういった美術の業界からも、古から技術を再発見した例もありますし、特許をとったという方を知っています。
こういう古から学ぶためにも、本物、オリジナルが存在しないことには、何もわからないことって多いです。
とはいえね、文化財のようなものに限らず、オリジナルを残すことって大変で。特に文化財の場合は永久に残すなんて、本当は難しいことで。だからこそ、冒頭の女性の言いたいこととしては「物は絶対的にいつかは失われるのだから」というある種禅といいますか、自然的思想といいますか、ある種のあきらめのような、「そんなに頑張るなよ」というような慰めのような気持ちだったのだろうとも思ったりします。
実際、文化財保存修復の歴史の中で、修復倫理が形成されていく中で「作品に処置をすること」自体を批判した方もいれば、「どこまで作品に手を入れることが可能なのか」ということが議論となることもありますので、冒頭の女性の発言というのは、20年近くの年月を経た今でも、結構ブログ主にとっては考えさせるものではあるのですが、同時に、「作品を保存修復する」ということについて定期的に改めて考える上では、重要なことなのかなと考えたりもします。
絵画の保存修復に興味があるなぁとか、そういう関係の大学や専門関係に行きたいなぁと考えている方も、ちょっと寄り道として色々考えてみてくださいませ。
1つの記事にまとめようと思いましたが、3つの記事に分ける必要が出てしまうほど、思いのほか長くなってしまいました。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
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