作品を計測することでわかること(2/4話)

修復を学ぶ

直近の記事にて、作品を計測することの重要性の触りのようなことをお話しました。

本日はその続きです。

先の記事の箇条書きの2つめ「作品の製作地、あるいは作品を構成する基底材あるいは木枠などの素材の出身地がわかる」と、3つめ「その作品が制作された時代あるいは時代背景がわかる」についてお話します。

作品の大きさを計測することで、作品を構成する基底材あるいは木枠などの素材の出身地や時代、時代背景がわかるって、どういうこと?

この見出しを見ると、「え?ほんとに?」と思われるかと思います。

ええ、実際のところ、作品の大きさを計測するだけで、「出身地(国)」などを知るというのは、大きく出た言い方とはなりますが、古典作品においては非常に重要な要素となります。

分かりやすくいうとではありますが、昔、日本の計測単位は、センチとかミリとかではなく、寸尺でしたよね。昔話にある一寸法師の一寸も、「一寸ほどの大きさ」のヒーローが活躍するお話です。ちなみに1尺=30.3cm、一寸=3.03cmと、現代のメーター法では置き換えられます。

これ、実は面白いことに、昔のヨーロッパでも同じでして。例えばフランス言語の地域ですと、1pied、1pouce、1ligneという単位が存在します。

ちなみに、1piedというのは、日本語訳すると、1足、とでもなるのでしょうか。具体的には足の指の先から、かかとまでの大きさをいいます。さらにいうと、誰の足の大きさでもいいわけではなくて、その国、あるいは地域の王様とか、領主さまの足の大きさを指すのね。pouce(親指)もそう。ligne(髪の毛の太さ)はおおよそ変わらなかったかな。

ですので、私が留学したベルギーの場合ですと、都市によって微妙な違いではありますが、このpied、pouce、ligneの数値が異なるので(さらに言えば、本家本元のフランスの数値とも異なる)、メーター法で計測した後、piedに直してみたりすることで、どこ出身の作品かなどを見たりすることがあったりします(ただし、これ、計測だけで判定するのは諸事情の関係から不可能といっていいと思いますので、他の調査なども含めてのことにはなります)。

そもそも、現代においてはまず作品の大きさを決めてから(描くべき作品の大きさや形状に合う市販の木枠を購入してから)作品を描くという形態でしたが、18世紀初頭まではほぼほぼ、例えば布を支持体とした作品であれば、仮枠に画布を張って絵を描いて、完成後に作品(描画寸法)に合わせて木枠を作るというのが通例で、「木枠ありき」ではありません。現代のようにそれまでほとんど「定型規格がない」状態だったんですね。ですのでそれまでは「木枠の大きさ」というと「任意(絵画自体の大きさに合わせて)」だったわけです。

そこから今日のような定型の既成木枠が徐々に使われ始めますが、当初は先述のpied-pouce-ligneの寸法を用いた規格が用いられます。そこからメートル法が導入されると、先の寸法がメートル換算されていき、さらにフランスにおいてはそれがフランス現行規格となっていくのです。

なお、メートル法の制定は1799年らしいですが、木枠の製造において、メートル法の規格が定まった年というのは不明です。ただ、よく絵画修復における推測ではこういう言い方をするのですが、この場合、メートル法の制定が1799年である限りは、木枠の規格でメートル法が使用されたのはそれ以前ではありえないことですので、「1799年よりも後」ということで限定していくと、時代性がわちゃわちゃにならなくてよいかと思います。

さらに、先ほどフランスサイズの木枠と日本規格の木枠では微妙にサイズが異なると書きましたが、これ、実は旧規格と現在規格の2種あります。旧規格のほうは昭和30年代まで使用された寸尺規格の木枠。そして現在市販されているのは昭和32年に尺貫法廃止に伴って、1尺を30.3cmにで換算して、端数切捨てして作った規格の木枠です。油絵自体、海外から輸入した技法ではありますが、日本の中でもそれを構成する素材の歴史といいますか、ドラマがあるんですね。

ですので、こういう地域の歴史とか、時代背景とかを理解すると、作品の大きさの計測結果が単なる数字ではなく非常に面白いデータになるわけです。

またそこまで言わずとも、近現代でいいますと、日本規格の木枠の大きさと、フランス規格の木枠の大きさ、あるいは国際サイズなどと呼ばれる規格はそれぞれ微妙に大きさが異なります。ですので、作品の支持体であるキャンバスを支える木枠の大きさを計測すること、あるいは絵画寸法を計測することによって、描画時に使用された木枠の寸法などを知ることができる場合があります。

具体的にどんな場合かといいますと、日本人画家が海外留学あるいは遊学などの際に作品を異国で描き、それを日本に持ってくる際によくよく起こります。

一番よいパターンは、作品がそのまま海外の木枠に張りつけられた状態で。

しかし実際なかなかそうはいかず、作品搬送資金をできるだけ軽減するために、現地で木枠を捨てる画家さんというのは少なからずいます。そして、日本に作品が到着してから、日本規格の木枠に張りなおすということをするのですが、先に申し上げましたとおり、日本規格の木枠とフランス規格(あるいは国際規格)の木枠は若干サイズが異なることから、作品と木枠の間にずれが生じている作品というのはよくよくあります(ただし額装されている作品の場合、美術館博物館での鑑賞では気づくことはほぼできないかと思います…)。

ですので、作品の制作年などがない作品などでも、場合によっては(作者のおおよその略歴がわかる場合は)、留学中に制作した作品かもなぁ程度の推察を、作品の寸法などですることができます。

注意点など

ただし、勿論例外といいますか、注意点はあります。といいますか、何度もいいますが、作品の大きさの計測のみで作品の出身地や時代を決めつけることは不可能です。

最も注意すべきことは、現代の画家さんでも、別段皆が皆、規格の木枠を使用しているわけではない、ということです。

古の画家さんのように、そもそも画布を使わない画家さんもいれば(とはいえ、板は特に古典のものは特徴があったりするので、現代の板と同一とはいえなのですが…)、画布を使う画家さんの中には、任意の大きさの木枠をわざわざ発注されている画家さんもいらっしゃると思います(場合によっては大きさだけでなく、支持体あるいは木枠の形状自体が特殊という画家さんもいらっしゃるでしょう)。

ですので、規格サイズの木枠を使っていないとかで、いろんなことを決めつけることはできないよ、というのは注意点ではあります。

本日のまとめとして

数字がこうして歴史と関わったり、国や地域と関わるって、本当に面白いですよね。

私自身、海外に出て古典作品をいくつか担当させていただいたときに、本当に面白いなと作品の大きさを考察することに魅了された次第です。

ただ知識がないと、数字はただの数字で、そこから読み取れるものが少なくなってしまうので、いろんな知識があって、それをつなげることで初めて数字が読めるようになるんだってことをご理解いただけたらありがたいなと思います。

本日はすでに長くなりましたので、ここまでで。

最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

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