2つ前の記事より油絵の発展のお話を書いております。
また直近の記事には写本との関わりについて書きました。
本日は油絵の発展との関わりとして、美術史における「国際ゴシック」との関わりを見ていきます。
通常日本の大学の美術史なんかでも国際ゴシックはさらっと終わる部分ですので、「重要じゃないんだ」認識をされやすいですが、この時代の有名作品なんかは技法材料の交差を感じさせる非常に面白いものですので、「決して重要じゃない時代なんてないんだ」くらいにみていただけるといいなぁ…と個人的に思います(^^)。
国際ゴシックとは
国際ゴシックはゴシック美術の中でも、1360/70頃から1420年頃にかけて、ヨーロッパの王侯貴族の宮廷を中心に興った美術の様式です。
特に1380年頃、フランスのシャルル5世と現在のチェコ共和国の首都であるプラハのカール4世のアトリエでさかんな芸術様式でした。
この様式は王族関係に使えた画家の移動に伴い、北方から南方諸国に広く発達した上、各国各地で共通する美意識を形成した様式です。
様式の視覚的にぱっと気付く特徴は、長く伸びたような形態や、その表現による垂直性。輪郭の支配。
また、衣服の表現の優雅さや、手の凝った高級そうな物品への関心が見られます。ほか柔軟性のあるボリューム、奥行きと空間の統一への研究、聖なる存在だけでなく人間である寄進者に対する関心、テーマとして民衆の人生や日常生活への関心という特徴があります。
この頃の写本の代表例のひとつがLe Maréchal de Boucicaut(ル・マレシャル・ド・ブシコー)の作のものです。写本の挿絵ではありますが、当時のお金持ちの生活がうかがい知れる、リアルな表現がなされています。
透明感のある色彩や心理的な奥行き、日常生活用品への関心、北方的なリアリズムが特徴です。
同時に、ランブール兄弟がこの時代の重要な代表作品である「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」を作成しています。このベリー公のいとも豪華なる時祷書では、国際ゴシックの特徴である、人物ののびたような形態や、日常生活への興味が見られます。
また、二次元的な表現だけが当時なされていたわけではありません。その証拠に14世紀当時の北ヨーロッパにおける重要な彫刻家として、Claus Sluter(クラウス・スリューテル)という、ブルゴーニュ公に仕えていた彫刻家が挙げられます。このクラウス·スリューテルは、ファン・エイクが完成させた初期フランドル派の「北方写実主義」の先駆者とみなされることからも、重要な彫刻家です。
このクラウス·スリューテルの作品の特徴は、人物像の重厚な雰囲気、柔軟性があると同時にどっしりとした重めの服のドレープ、布地のテクスチャー、そして顔の個別化や細部への大きな関心が挙げられます。そして同時にこれらの特徴は、ファン・エイクの特徴でもあるとされています。また、自然主義的で、表現の豊かさに富み、素晴らしい技術と力強さがあり、多色彩色もされていました。
国際ゴシックの頃の板絵
さらに写本以外の絵画はというと、国際ゴシックの時代においても、板を基底材にした画家はいました。
しかし絵画よりも写本や文字、彫刻、金銀細工を人々が偏愛していたからという説がありますが、現存する当時の板絵作品は数すくなく、また、作品サイズは小さなものしかありません。この作品サイズの小ささだけに限らず、国際ゴシック美術の特徴として、広い地域で共通のスタイルが流行ったことから、作品が誰によるものなのかを判別するのが困難かつ、作品の由来に関わる情報が殆どないというのが特徴です。また美的な特徴としては、当時、しなやかさのあるボリュームや、空間表現において、板絵は写本に遅れを取っていたといわれています。
その中で、重要な位置にある画家がMelchior Broederlam(メルキオール・ブルーデルラム)です。ブルーデルラム作と確実に言われている作品は、板に描かれた祭壇画1点のみではありますが、これは強く国際ゴシックの影響を受けると同時に、構成としては初期フランドル的な作品と言われています。つまり、この画家の作風から、国際ゴシックと次世代の初期絵画の合流点が見えてくるため、この人の作品は非常に重要なのです。
代表作である「ディジョンの祭壇画」(1393 – 1399) で、空が金箔貼りになっている上、型押し金具で金箔部分に型押しもしてあるのが、イタリア的であったり、ある種の自然主義的表現だったりします。
肌の部分の下層にテールベルトの層があることからも、イタリアの影響がうかがえます。
反面、懐古主義的な表現も残っていることから、北ヨーロッパ的な影響も伺え、建物の内外の表現があることから、フランスのjean Pucelle(ジャン・ピュセル)の影響もうかがえます。
この画家の特徴として、基底材がオーク材であること、この基底材の板の上に前膠が塗布され、その上に白亜と膠からなる下地がついていること。こういった材料の組み合わせは、フランドル絵画的です。
反面、結合剤は卵と水、そして数滴の油からなる油分の少ないエマルジョンからなることから、視覚的に不透明です。(この部分はファン・エイクとは反対の傾向で、イタリア的な感じでもあります)
下描きが存在し、それが位置を決めるためのものと、肉付けをするためのものの両方を備えていること。
よって、大変いきいきしたものでありながら、精密な下描きでもある。
描画においては、光の部分に鉛白を加えることに重きをおく様式の描画をしています。 こういった技法の合流点を経て、15世紀の絵画はどうなっていくかといいますと、15世紀のイタリア絵画、フランドル絵画は、国際ゴシックという全世界共通の特徴をもつ時代を経験しながら、それぞれの個性をもちます。例えば空間、つまり遠近法の観点でいうと、イタリア絵画においては透視図法が導入されます。反面フランドル絵画においては、経験的遠近法であり、イタリアよりは遠近法の導入に関し遅れをとっています。
本日のまとめ的なもの
今回の記事に出てくるメルキオール・ブルーデルラムはじめ、いろんな人の名前が出てくるのですが、実際殆ど日本の美術史で出てくることはないと思います。
ブルーデルラムは別格かと思いますが、実際ブログ主もそれ以外の人物の名前は海外留学時に知りました。そもそも写本の挿絵画家について学ぶこと、なかなかないですからね。
それでも今回名前を出した人物は、かろうじてウィキペディアにも書かれるようになり(ブログ主が海外留学していた頃や、数年くらい前には日本語版のページはなかった)、どう日本語記載しようか…と悩む必要性がなくなったのは嬉しいことでした(逆に仏語読みとは読み方が違ったりして、「どちら様…?」と思う感じではありますが ^^;)。
歴史というのは面白いもので、縦方向は勿論、横方向にも繋がっていて「だからこう展開していくのか!」という発見にもつながります。
それは「美術史」に限って勉強せよという話ではなくて、普通に「世界史」だったり「日本史」だったりといった、普通の「歴史」や、経済史、技法材料史など、いろんな視点がありますので、もし興味を持たれたらそこから色々知見を広げられると、1つの作品を見ても得られる感慨というのは大分違うのではないかと推察します。
というわけで本日はここまで。最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
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