オープンキャンパスにいくメリット、デメリット

雑記

時期的にオープンキャンパスの頃合いでしょうか。

ブログ主が高校生の頃、オープンキャンパスなんてなかった気が…と思うのですが、そういうイヴェントがあるならあるで、利用することも大事かと思っています。

なぜならですが、おおよそ日本の大学の場合、平日でも大学構内を見ることはできるはずです。大学によっては(コロナ以降はどうかなとも思いますが)、地域の人が学食にわしわし来ている場所もありますし、自前の美術館などを持っている大学もあるからです。

だからこそ実際の大学を知らずに「その大学に行きたい!」というのはちょっと危険かなと思っていまして(勿論距離的問題がありますので、100%絶対入学試験前に大学に行け!とは思いませんが、もし志望大学に迷うとか、複数の大学の間で困っているということがあれば、実際の大学を見ることをお勧めします)。

実際ブログ主の頃はオープンキャンパスというのはなかったですが、何かイヴェント事があるたびに希望する大学に行っていました。文化祭だの、(美術系大学ですので)卒展だの、ですね。そもそも画塾に志望大学の学生が講師としてバイトに来るので、リアル大学生の知人は複数人いまして、そういう人から大学の話を聞くのも日常でした。

ブログ主が高校生だった四半世紀以上前でも別段オープンキャンパスじゃなくとも大学に遊びに言っていたので、現代でもある程度一部分に限られるかもしれませんが、オープンキャンパスに限らず大学を見学することは不可能ではないのでは…と思います(とはいえ四半世紀以上前と現代では大学側の警備状態などの違いなどはあると思いますが)。

特に、ブログ主は志望校に迷うことはなかったですが、人によっては複数の大学などの間で悩んでいる場合や、非常に遠くの他県の大学の場合など、「身近ではない」「悩み多き」という場合に、こういう機会にできるだけ多くの人の話を聞く、相談ができる、ということを考えれば、オープンキャンパスほど「場所を確認できて」「そこにいる人と気楽に話ができる場所」はないです。在学の学生とも、担当の教員とも話をすることができます。

ブログ主も大学で教員をしていたころ、オープンキャンパスなどで学生の相談を聞きましたが、複数の大学、あるいは複数の学部で悩んでいる、という話を聞きました。

こういう話、一見すると当事者の大学の先生に話すのは失礼…と思いがちですが、お話してくれるほうがよいと思います。入学されてから「やっぱり違った…」と一人悩まれると大学側も心配しますので、「こっちの大学にする!」という決定一つでも、最大限納得感のあるものにするほうが双方にとり(学生にとっても大学にとっても)最良だからです。できれば複数の先生(大学の先生だけじゃなく、高校の先生とか、親も含む)とこういう話をされるとよいと思います(^^)。

こういう「ここに大学にするかどうか決めかねている…」という話をしたからと、「なになに、〇〇って学生か…。総合型選抜入試(旧AO)に来たら、こいつは最初に落としてやる…」という対象には絶対なりません。安心してください。「それだけ真剣に人生の岐路に悩んでるんだなぁ。どういう選択がこの学生にとり最良か」などと考えるだけです。

一人で抱えて悩んでいてもいいことはないです。別段他者があなたに素敵なアドヴァイスをくれることはないかもしれないですが、悩みを抱え込まず口に出すことで、自分で自分が何を求めているのかが初めて明らかになることもあります。大人(教員)はそう捉えてもいますので、あなたが「どうしたいのか」を明確にさせるためにも、こういう場所で、第三者に相談してみてもよいと思います。

そういう場所としてオープンキャンパスは使えるよ、と思います。自由に大学も見れるし。

反面、デメリットとしては、ですが、「その大学にとっての不利な点」は見えないかもしれません。オープンキャンパスは大学にとっては「うちの大学に来てね!」みたいなPRもしくは「お祭り」みたいなもので、「楽しい形」にラッピングされています。だって次世代の学生に「来てほしい」から。

「ほーら、大学って楽しいところだよ」って。

でも、本来大学って勉強しに行くところで、お祭りをする場所でも、いくだけでわくわくする場所でもないです(真顔)。計らずも、普段の顔が隠れてしまうのがオープンキャンパス。

「わー、たのしいなー、ずっとこんな日が続くのか」と思うのは軽率です。

「そんなこと、わかってるよ」と思われると思いますが、実際当日は意外とその雰囲気に飲まれます(苦笑)。

ですので、「入学した~い!」という気分を高める分にはいいのですが、普段の顔が見えないのがしんどいところですね。複数の大学で迷っている場合、より「きらきらした気分」を味わえたところを選んでみたら…ということもあるかもしれません。

可能な限り「自分はこの大学に向いているのか」とか「入学できたとして卒業できそうか(学業として、卒業案件として、金銭的に、アルバイトできそうか、地域的に安全か、精神的に問題はなさそうか)」を考えてほしく思います。

元教員をしていた身として正直に言いますと、大学側はこういうイヴェントで「学業として、その学生が卒業できそうか否か」についてははっきりいいません。よく、「大学に入れば保存修復の専門家になれますか」と質問を大学で教員をしていた頃に聞かれましたが、その返事も曖昧にしかしていません。だって学生の努力次第ですので。

でも、普通に考えればわかりますよね。現実にそんなにそういう職業の人がいない、ということは、その職業に就くのは相当難しく、またその職業に就くのが難しいということは、それだけ大学時代に上位になれるほど知識と経験をもたなければならない、ということです。

「大学に入る→エスカレーター式にその仕事の専門家になれる」ではありません。医学部でも、入ったら終わりではなく、そのための資格を取るために在学時に必死で勉強しますよね。でも入学した人100%全員が免許が取れるわけでもない(意図してという方もいれば、学力的になれない、素質的になれない、金銭面としてなれない、など、いろんな方がいたことでしょう)。そう考えたときに、「大学にその問(卒業できますか、とかこの職業につけますか)をするのは間違っている」と気づけるかどうかも大事かなとは思いますが、そのこと自体、大学は言いません。

大学側としては大学入学希望者を増やしたくてオープンキャンパスをやっているわけで、減らしたいわけではありませんから。そういう大学に不利なこと、正直な気持ちは一切いいません。

でもその上で「あちゃー」な入学希望者は可能であれば入学試験で落としますが、それが場合によっては難しくてまかり間違って入学できてしまうことがあります。最近は若者人口が少ないからです(そもそもオープンキャンパスって、こういう少数の若者の取り合いのための発生したのでは?と子だくさん世代のブログ主は思っていたりするのですが)。

結果として、「合わない大学に学生が入学できちゃった」ということも実際現場を見ていてありました。

高校の頃というのは「どこでもいいから大学に入れて~」かもしれませんが、合わない大学に入る地獄、というのがあります。「合わない」から、留年する利率も上がります。学校に来たくなくなるからです。「合わない」のに、他の学生より長く大学にいたりします(汗)。留年までせずとも、卒業できるかひやひやしながら4年間を過ごします。お金も時間も努力も無駄です。

正直受験戦争という状態のブログ主世代の頃合いでも、厳しい倍率、厳しい試験を潜り抜けながらも「合わない」という学生はゼロではありませんでした。

でもごくごく少数です。

でも、そういう学生でも卒業できたのは、そもそもに受験が厳しい状態ですので、「大学が求める知性・技術」のラインより当然上、学業についていけるポテンシャルを当然有して入学しているので、学業上困ることが殆どないためです。ですので、「やる気がなく」とも、卒業程度はクリアできる。

でも今の受験は総合型選抜入試という「勉強なし(努力なし)」で入れるシステムで、倍率2でも高いと言われて倦厭される状況ですからね(我々のころは倍率12でも低かった)、勉強も努力も嫌っちゃう子が間違って大学に入ると、卒業までが本当にお互いに(本人も大学側も)悲劇なので…。

なので、オープンキャンパスに行く際は、こうおもいながら大学を見てみるといいのかも。

・自分は、センター入試を受けてでもこの大学に入りたいのかどうか(実際にセンター入試の準備をしている) → 選抜型などの勉強不要の受験に落ちた場合、センター入試の成績などで合否を決める試験なども出てくるため。「勉強不要じゃないとこの大学はいや」というのは、向かない大学です。

なぜならあくまでも大学は「勉強しにいく場所」で、毎日がお祭りでも、修学旅行でもないためです。

むしろ自分で自分をコントロールして、自己責任で勉強する場所ですので、「勉強したくない」「勉強しないと入れない大学は嫌」と思った段階で、大学不向きですので、その気持ちを率直に親御さん、あるいは教員に話してみましょう。時間もお金も本当に無駄になりますので。

こういったことは、オープンキャンバスでは誰もいいません(苦笑)。参加者はお客様扱いですので、お客様を不快にさせてしまいますからね。だからこそですが、オープンキャンパスで聞ける話は、オブラートに包まれていること、きれいごとであることを理解しておく必要性があります。大学そのものが向かない子に対してさえ、「向かない」とは絶対いいません。

その上で親御さんも学生さんも「卒業できますか」とは聞きますが、「卒業できるほど、勉強しないといけない」という前提が抜けています。その努力(あるいは覚悟)を自身が(あるいは我が子が)持つか否かを問わないまま、他者(大学、教員)に責任を丸投げしてるな~と遠い目を大学側はしています。

少なくともですが、文化財保存修復関係の大学、大学院、専門学校では、「絵を描く勉強」など制作系の学びはしません。勉強せずとも卒業できるのは、少なくとも「制作系」であって、文化財保存修復は話が全然別なので、そこはご理解いただきたいです。なぜか「美術系なら勉強しないでしょ。普通の純美術(彫刻、日本画、油絵など)だと就職に困りそうだから文化財にしとけば?」という思考で文化財を選択する方が少なからずいますが、そういう思考であれば素直に「制作系」の学科を目指して頂くと4年間幸せだと思います。一つの大学の中で、よほど就職に有利な学科以外、就職率なんて変わりませんから。むしろ「就活すると大学卒業できない」という問題に直面する学生も少なくないですからね。そういう意味でも「学力として大丈夫?」という大学・学科を選択すべきだと思います。

文化財学科は医療と同じに、大事なもの(美術館博物館などの高価な一点品)をお預かりする責任を考えたときに、4年間必死で勉強しても決して足りないことは理解が必要です(実際大学の4年間だけで誰しもこの職業の専門家にはなれない。日本だけじゃなく、世界的に見ても)。

必死で自ら学ぶ気持ちがないならば、少なくとも勉強しなくても済む学科を探そう!って感じでオープンキャンパスに臨んでほしい(大学で学ぶ気がない…ってありえないですけどね。汗)。そして「気持ち」という抽象的なものは現在進行形で「高校の成績」に反映されるものですから、高校の勉強についていけていないなら、本当に「学びたい気持ちがあるのか否か」を疑うべきかと思います。

「勉強についていけてる」というのは、「留年していない」とかではなく、それこそ「センター入試など」を受けることすら念頭にあって、それだけの勉強をしている、ということです。

「勉強しない→成績悪い→でも大学では勉強する気です」、って信用ないでしょ(^^;)。受験にお勉強的試験の色の薄い総合型選抜入試(旧AO)を受ける段階で、すでに信用し難いのに。総合型選抜入試って、「受験勉強嫌~!」って透けて見えちゃう試験ですから。

そういう日常の勉強のやる気の起爆剤としてはお祭り騒ぎのオープンキャンパスに行くっていうの、一つの手だと思います。

というわけで本日はここまで。最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

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