修復家が「オリジナル」を重視する理由 ①:導入

修復を学ぶ

現在まだ金箔シリーズが続いておりますが、口直し的にこういうのも入れていきます。ご容赦を。ぺこり。

本題として、我々修復家が「オリジナル」をなぜ大事にするのか、という話を数回にわけてしていこうと思います。

こういう話をブログにするのは、「オリジナルを大事に」が保存修復家の共通の指針であるということがひとつ。

そしてこういう考えは修復家全ての人が思っているわけではないとは思うのですが、私個人として「修復家だけが作品を守ろうと頑張っても限界がある」と思っているからです。

そもそも論として「作品を触ろうとする(触っても大丈夫と思う)素人が減る」だけでも修復を必要とする作品が減りますし、修復家以外の方が「修復」に関する理解があることで命をつなげる作品が増やせます。「修復を学術的な場所で学んだことがない素人に作品を触って直してほしい!」ということを求めているわけではなく、わずかな量の知識でも増やして頂くことで、修復に理解のある人が増えてくれたらというのが望みです(これはあるあるなのですが、修復学科にいる学生ほど、「作品を触る怖さ」を非常に感じていて、制作する学科などの学生をはじめ「保存修復」を専門的に学んでいない人ほど「私が治す」となります。そして自覚のあるなしに関わらず作品を破壊しているのです)。

さて、我々修復家は「壊れている→直す」と脊髄反応的に作品に手を入れているように勘違いされることが多いですが(特に非修復家によって手入れされて損傷した作品がニュースに出るとそういうイメージが強化される気がします)実際はそうではありません。

「どういう作品(いつの、誰によって作られた、どういう技法材料などでできている、どういう用途の、どういう理由で作られた??etc.)」の「どこ」が、「どういう理由、どういう原因、誰によって」損傷した、壊されたのか、などなどが分からないと処置しません(というか、「損傷している」→かならずしも「手を入れる」というわけでもありません)。

なぜなら上記のような(上記は調査すべきことのごく一部ではありますが)ことが分からない限り、「修復すべきか否か(which)、修復すべきならどのような方法(how)、どのような素材(what)で修復すべきか」という提案は不可能だからです。

なんなら「今(when)」「私(who)」がこの作品を修復すべきなのか?「もっと未来」に「もっと技術や素材の進化を見てから実施するべきでは?」という選択をすることも重要だったりします。「依頼された。だから絶対私がしなくては。今、実施しなくては」ではなく総括的に「どうしてあげることが作品のためになるのか」ということを考えることが重要になるのです。

よくよく「絵描き」や「彫刻家」など、「私は普段から作品を作っているから、技法材料に精通している」あるいは「自分の作品なんだから」というような方がいらっしゃるのですが、そういう方は上記のような目線が不足している段階で、適正な意味合いでの「修復」はできません。決して。

もっというと「絵画」、特に私の専門は油絵なので油絵に限定しますが、適正な技法材料で制作した作品を適正に保存しているのであれば「作者が生存している段階で壊れる」ということはほとんどの場合ありえないのです(事故的な損傷はありえます)。ですので、そういう意味合い(適正に自分の作品すら制作できない作者が、適正に自分の作品を修復できるか否か)において、「自分の作品に対する適正な修復が可能」なわけがありません。これ、いかなる方にも伝わるように、わざと嫌な書き方をしています。

こう考えていただけるといいのですが、例えば絵画を描くということは、やろうと思えば誰でもできるのです。幼児でも、画家でも。それは中学生でも成熟した大人でも子供が産めるのと同じです。でも、それを生み出した親が子供の病気やケガを治せるかといえば違います。病院に行きます。医師が診ます。

素人が判断することの恐ろしさをきちんとした大人はわかっているから、お医者さんに診せます。

生み出せることと、その生み出したものの不調を診ることができる、ということはイコールではありません。嫌な言い方をすれば、知識がなくとも「生み出す」ことはできるのです。でも修復する、治療する、そういう処置に対しては圧倒的に違う視点が必要なのです。

その視点の一つが「オリジナル」への目線です。

こういうと尚更「自分の作品なんだから!」という作者たちが「オリジナル」について誤解をしそうなものですが、そういう意味でも、このシリーズを読んでいただいて、考えて頂きたいと思うのです。また、そういう方に保存修復家を信用してほしく思います。

すでにここまで長く書いておりますので本日はここまでなのですが、改めて私がこのブログを書いている目的は、あくまでも作品を保存していくためで、アーティスト、作者さんたちをけなしたいわけではありません(この記事においては、わかりやすいようわざと嫌な書き方をしているので尚更なのですが…)。

修復に対する理解が広まるほどに、自分の作品の修復を自分で試みるアーティストさんや、自分の所有物を自分でなんとかしようとする所有者さんや学芸員さんが減って、より作品が安全に未来に遺っていく可能性が高まると考えているためです。

修復家のもとにくる「損傷した作品」の何割かは(作品1点2点という少数派ではない、ということです)、画家さん、作家さん、学芸員さんなど、「修復に関しての素人」が触ったものというのが事実ですし、「触らなければ修復にかかる日数・費用も最小で済んだのに…!」という事態になりますので(場合によっては「最悪の状態になってる…」ということもあります)、強く、強く、修復家以外の方が触ること、押しとどめてほしいですし、同時に修復家を信用してほしいんですよね(存命の作家さんの多くは、「自分の作品を他人が触るなんて!」とおっしゃいます)。

修復家が「沢山触る」未来ではなく、そもそもに大きく損傷する(大きく困ったことになる)未来がこない、という予防をしたいのです。それこそが作品にとって負担がなく、安心して未来に遺っていく結果につながると考えるからです。

そういう目線であることを前提に読んでいただけると大変うれしく思います。ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

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