金箔のお話⑯:西洋での使用方法・技法④

修復を学ぶ

この記事のタイトルとおり、西洋美術での金箔の使用方法と技法に関わるお話しの4回目です。タイトル通り続きものですし、毎回前回の記事が中途半端なところで終わっており、今回もその中途半端なものの続きですので、正直この西洋美術関係のシリーズは①の記事から読んでいただけると話が分かりやすいかと思います。お手数をおかけしますがその旨ご理解いただいて、当記事をお読みください。ぺこり。

さてさて、前回の記事の終わりに金箔のきらきらぴかぴか感には「どう接着するか」も関わるとお話ししたところで終了しておりますので、本日はそのお話しを。

このシリーズにて、そもそも金箔がぴかぴかきらきらするには「基底材が硬質」な方が適しているよ~というところから始まっているので、「基底材だけではどうにもならないの?!」とイラっとされそうですが…(滝汗)。一応「なぜそうなのか」の説明をつけながらなので、長々している旨はご容赦ください。

さてさて。金箔を貼る。

「貼る」と言われれば、どんな物質で貼ろうかなぁ?ということを考えますよね。

おそらくクリムトの「接吻」なんかもそうですし、日本画関係の金箔表現だとそうじゃないかなぁと思うのが、膠やふのりなどを始めとした水性接着成分で貼る方法なんかが美術関係の方には身近な方法ではないでしょうか(クリムトの金箔の使用が膠なのかそれ以外かは私も不勉強で申し訳ないですが)。

しかしながら14~15世紀西洋絵画の宗教画などの黄金背景など広範囲に使用される金箔使用の表現においては「接着剤」は使用していないないのではないのかな(私自身全ての古典宗教絵画の構造を知るわけではありませんし、接着剤を使っている例もあるだろうとは思うので、全てとはいいませんが)。勿論私の知らない接着剤、技法があるかもしれず、絶対とは言い切れないのですが、接着剤を使用しないほうが金箔は鏡面様になると思うのです。

とはいえ一般的に紙なり壁なりなんなりに何かを「貼る」という行為において「接着剤」は必要不可欠に思えるため、「え。接着剤なしで金箔を貼るって…」と思われそう。

しかし世の中には基底材(あるいは下地)に何かを固着するにおいて「接着剤」を使用しなくてもよい方法というのはあるのですね(しみじみ…)。なんといいますか、単純に「今」くっつく、ではなく、「今も未来もずっとくっつく」、「素材の特性を生かしたままくっつく」、「美観も物理的な永続性も両方に効く」方法を見つけ出せることってすごいなと思うのです。

ちょっと話がずれますが、フレスコ技法なんかもそうです。当ブログにおいて「絵具」はひとつの材料だけで成り立つわけではなくて、最低限でも「色」の役割をする「顔料」とそれを紙なりなんなりに固着されるような「接着剤(固着剤)」が求められるよと、当ブログでもお話ししていますが、フレスコは別途接着成分は必要としない絵画技法です。そのくせ「黒板」に「チョーク」の組み合わせのような脆弱さではなく、壁画に使用される技法で保存状況さえよければ数百年前のものでも未だに鑑賞することができます。素材を理解するとはこういうことなのだなと、こういう方法を編み出した人々ってすごいなぁと思う瞬間です。

さて。では西洋絵画において金箔はどのように張り付けられるのかというと、大きく分けてふたつの方法があります。

ひとつは日本画と同じになんらかの接着剤で「接着」するやりかた。

ふたつめに「水」で接着する方法。

ひとつ目の接着剤を使う方法もいろいろありまして。日本画同様膠をはじめおおよそ水性(あるいは水分が多めの)のくっつくものを使う方法もあれば、別な接着剤を使用することもあります。中でも最も有名な西洋絵画の金箔技法で使用される接着剤は「ミクスチョン」だと思います。おそらく画材屋さんで「ミクスチョン」として販売されているとは思うのですが、内容としては油分と樹脂分の混合物です(油分だけでは固化に時間がかかりすぎるため、揮発性溶剤に溶解する樹脂を混合させることで固化時間の調整をしています)。

この「ミクスチョン」、非常に細かい金箔模様から広範囲の金箔接着まで可能ですが、この技法の場合金箔の美観が鏡面様にはおおよそなりません。なので技法材料の資料にも「マットな美観の技法」としてでてくるのがこれです。

この「マットな美観」になる理由としては、この技法の場合、金箔面を「磨く」ことができないからです。磨くと金箔が剥がれます。金箔はただ「貼って」も鏡面様にはならず、「磨く」というステップが必須なのです。

ちなみに膠などの接着剤を使って金箔を貼りつけ、磨くとどうなるかというと、一応磨くことはできるのですが、不思議と金箔の表面は曇った状態になります。面白いことに「水」で貼り付けた金箔は鏡面様に磨けて、水性でも接着剤があると曇る。いわば屈折ができる、金箔下に微細な凸凹ができる、あるいは金箔自体のコンディションによくないなにかがある、ということなのでしょうが。こんなほんのちょっとのことで?と不思議に思ったりします。

さてさて上記「接着剤」を使う金箔貼りに対して、「水」で貼る方法とは?

文字通り、金箔を貼る際に「水」を塗布して貼るのです。

この場合、しっかり一様かつ平滑に磨いた下地の上、あるいはその下地の上にボルス(ボーロ、ボールス、砥の粉など呼び方多数)を塗布したものの上に水を打って箔を貼ります。

下地の上、ボルスの上、両方試したことがありますが、実は両方くっつきます。しかし後者のほうがよりくっつきますし、鏡面のように金箔を磨く上で最良と思います。ただし、もしかしたら選択した下地の素材が悪かったのかもしれません(実際私が使用した下地素材は白亜ですが、カオリンとかを使ったら話はまた違ったのかもと思います)。

金箔を貼る際に使うボルス(砥の粉)は一般的に赤い色(朱色とでもいうか)のものを使いますが、黒、黄色、白色など色々な色があります。非常にきめの細かい粘土的な質感の素材で、やわらかで滑らかな素材です。もともとはアルメニアが産地でしたが、今ではヨーロッパ各地で見つかるようです。

それでも今は鬼籍に入っている古典技法の師匠いはく、「良質なボルスは今はそうそうお目にかかれない」とのこと。実際日本で購入できる「ボルス」はおおよそ「泥」のような状態(つまりある程度加工された状態)で、「個体」ではないんですね。ヨーロッパでは(質の良し悪しは私にはわからないですが)、一応まだ固形のボルスは購入しようと思えばできそうなので、そういうのを使用してみるとまた面白いかもしれません。

このように金箔をボルス塗布面に水で貼り、適正な時間が経過したら箔を磨きます。

この箔を磨く作業、ベルギーでもイタリアでも「メノウ棒」を使用して磨きます。私が学生の頃は日本でメノウ棒は購入できず、当時イタリアにいた先輩を通じてイタリアから輸入したので当時は貴重でしたね。今は日本でも購入できるので、いい時代になりました。

さて、面白いのがイギリスの博物館で金箔貼りの技術に関する展示があったのですが、そこでは「犬の歯」で磨くと書かれ、実際展示にも動物の歯らしいものが展示されていました。

道具の違いは技術の違いでもあります。勿論道具が違っても同じ効果が得られることもある。でも、道具が違えば「作業のしやすさ」に差がでることもある。こういう違いは結構面白いところであり、また同時に実際の作品を見比べたり、美術史を調べてみると面白いところでもあるでしょうね。

というわけで本日はここまで。当記事を最後まで読んで下さり、ありがとうございます。ではでは、また~。

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