ここ最近の過去記事にて、油彩画(テンペラ画含む)は、多くの場合複数の層構造からなるというお話をしました。
加えてここしばらくは、その多層構造の中でも「下地層(地塗り層)」について説明をしています。
加えて、この「下地層(地塗り層)」は、あくまでもおおざっぱにですけど「水性地」「油性地」「エマルジョン地」に分けることができると。
ちなみに「水性地」はあくまでもおおざっぱにいうと「白い体質顔料(主に石膏、白亜)」+「白い顔料(主に亜鉛華)」+「膠水」あるいは「白い体質顔料(主に石膏、白亜)」+「膠水」からなります。
で、直近の記事にて、「油性地」はあくまでもおおざっぱにですが「白い顔料(主に鉛白)」+「乾性油あるいは加工乾性油」からなると説明しました。
残すはエマルジョンジではあるのですが、まずはこの「水性地」と「油性地」の特性について、簡単にお話したほうがエマルジョン地の説明は楽かも、ということで、本日は「水性地」「油性地」の比較のようなお話を。
水性地と油性地の相違: まずは水性地に関して
「水性地」と「油性地」の大きな特徴の違いですと、かたや「水性地」の別名が「吸収地」というのに対し、「油性地」の別名が「非吸収地」というところでしょうか。
真逆です。
「水性地」の説明の記事でお話しましたとおり、この下地の特徴は絵具などに含まれる余分な水分や媒材を吸ってくれるので、絵を描く上での作業性の良さがあります。
「地」がある程度絵具に含まれる余分な水分などを吸ってくれることから、例えば紙の上で描くように、ある程度描いた上から、絵具を重ねることが比較的容易だからです。
こういう特徴があるからこそですが、「水性地」は作品の美観として「光沢を必要としないタイプの絵具」に適するといわれています。
例えば、卵を媒剤とするテンペラや、膠液を媒剤とするデトランプですね。こういう言い方をすると、では「油彩画」を描くのに「水性地」は使えないのか、という問いがでてきますが、答えは「使える」です。
ただし、条件があります。
まず条件をお話する前に、具体的に「水性地」の上に「油彩画」である作品を挙げると、15世紀フランドル絵画がそれにあたります。
Jan van Eyck(ヤン・ファン・エイク)や、Rogier van der Weyden(ロヒール・ファン・デル・ウェイデン)、Hans Memling(ハンス・メムリンク)あたりなどが有名でしょう。
ただ、「水性地」に直接描いているのではなく、この「下地層」の説明の後に説明することになる「断絶層」がないと、実際美観的にも美しいもにのはなりませんし、また、この「断絶層」なし、あるいはあまり機能していない「断絶層」だった場合、「水性地」の「吸い込む」という特徴のせいで油彩で描いた作品が、ポテンシャルとして非常に脆弱なものとなる危険性が高まります。
簡単に言ってしまえば、「水性地」の上に「油彩画」を描きたい場合に、「断絶層」なしの状態では、「美観的」にも「保存的」にもよいことは殆どないだろう、ということです。
以上のことから、上手に準備ができる場合は「水性地」であっても油彩画にも使用できますが、通常はテンペラに使われる利率のほうが高いかなぁというのが水性地です。
なお、この「水性地」は物理的に硬質な下地ですので、布などの軟質基底材の上に塗布し、乾燥させた上で衝撃を与えると容易に亀裂や剥落が発生します。
ですので、板やパネルなど、硬質基底材の上に塗布されていることが多いように思います。
ただし、金属板の上はいくら固いとはいえ、塗布を控えたほうがよいでしょうね。
金属は水分で錆びますから…、下地を付けたいなら、錆びない素材が適正となります。
水性地と油性地の相違: つぎに油性地に関して
では逆に「油性地」の場合は「非吸収性地」と言われているだけありまして、絵具に含まれる「媒剤、メディウム」を下地に吸収されることはありません。
ですので、「絵具に含まれる乾性油を奪われると、表現としても、保存上としても大変困る!」という油彩画においては、非常に有用なんですね。
でこの「非吸収」という性質、「水性地」が「吸収する」という特性をある程度コントロールすることができるように、「吸収する」方向に調整することができるかといいますと、「油絵具」的な特性から考えるとできないと考えます。
逆に、「油性地」が「吸い込む」状態の場合って、下地自体の油分がものすごく少ないのかもしれず、非常に壊れやすい作品になっていそうだなというあくまでも推察でしかないですが、そういう考えが浮かびますね…。
そう考えると、「水性地」に比べ、「油性地」はなんだか油彩画くらいにしか使えないような、「吸収力」も好きにコントロールできないような幅の狭い感じに捉えられそうですが、「油性地」には「水性地」にはない物理的な良さがありまして、それが「柔軟さ」だったりします。
現代のわれわれが画材屋さんに参りまして、「画布をください」というとだいたい「布だけ」ではなく「下地までついた状態の画布」を買うことが多いです。
この「下地までついた状態の画布」というのは、実際画材屋さんにいくとみられますが、絨毯屋さんや手芸屋さんのように、ながーい布をロール状に巻いている状態で保管しています。
ただの布を巻くのは非常に容易です。布にはしなやかさが、ありますから。
しかし、「水性地」の場合は、物理的に固いので、それが塗られた画布を巻こうものなら、水性地が壊れてしまって、お商売が成り立ちません
(とはいえ、最近有名画布メーカーさんで、水性地がついた画布も売られているようなのを見た気がするのですが、どういう状態で販売されているのでしょうね??)
これに対して「油性地」というのは、下地が重合しきって固化しきるまでのある程度の年数はしなやかさを保ちます。
だから、手芸屋さんの布のように、ロール状に巻いて保管することが可能になります。
本日のまとめとして: ちょっとした注意点
ちなみに、これは「こうやってね!」と推し進めているのではなく、むしろ実際はやらないほうがよいですよ、という話ですが、実際画家さんが海外でたくさん作品を制作して、日本に持ち帰るときに、
木枠から画布を外して巻いて持って帰るということをやられることがあるんですね。
そのほうが、少ない金額で作品を運搬できるので。
実のところ、作品が描かれた画布を木枠から外して巻く、というのは作品を壊す以外の何ものでもない作業なんですけど、実際「下地」だけの話としてそれが可能なのは、「油性地」などの「しなやかな下地」のおかげで、これが「水性地」であれば、おそらく画家さん自身でも怖くてできないのでは?と思っております。
こういった感じで、同じ「下地(地塗り)」という層なのですが、素材が異なると性質が相反する形となります。
また下地という層がそれだけで独立しているわけではなく、絵画層や基底材といった他の層との関わりによって選択されているということがご理解いただけるのではないでしょうか?
絵画というのは絵画層だけで成り立つものではなく、複数の層のコンビネーションからなるという意味合いが少しでも伝わってもらえたら幸いなのですが。
次の記事ではエマルジョンジについてお話したく思います。
本日も長めとなりましたが、最後までお読みくださり、ありがとうございます。
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