ここしばらく、絵画(主に油彩画・テンペラ画)の構造についてお話しておりますが、中でも特に「下地層(地塗り層)」のお話を詳細にお話させて頂いています。
また直近の記事では、「屈折および屈折率」に関してより理解が深まるように、「水性下地」(体質顔料と膠水で作る下地)における「体質顔料」「水」と視覚の関係性についてわずかながらお話しました。でも、なかなか難しいですね(汗)。
その上で、ようやくタイトルどおり「油性下地」に繋がるところまでたどり着きました(笑)。
毎年毎年この話を大学生相手にしていたのですが、躓く率の高い内容ですので、たっぷり時間をかけて説明すべき部分だろうなぁと思いつつ記事を書いております。もしかしたらまた別の機会に別の視点で説明をするかもですが、今はあと少し、今のシリーズ・今の流れでご容赦ください(ぺこり)。
復習:「水性地(水性下地)」と「油性地(油性下地)」における「接着素材」の部分に関する違い
先の記事では、「水性下地(水性地)」と視覚に関することを説明した際、「水は蒸発することから、ペースト状のときは体質顔料(あるいは顔料)を水が包んでいたり濡らしていたりしても、最終的には水に関しては視覚への影響を考慮しなくてもいい」というような話をしました。
それに対して「油性下地(油性地)」はどうでしょうか?
何度か過去の記事にて「油は蒸発しない」という話をしております。また、西洋絵画(油絵、ミクストメディアなど)で使用する「油」は「乾性油」と言いまして、「見かけ上の乾燥(正確には重合反応)」という化学反応によって固化する性質を持ちます。すなわち、油の場合は水が媒体の時とは異なり、蒸発しないことから「ずっとそこにある」ことが前提で、「水との大きな違い」です。
わかりやすいように繰り返します、「水は蒸発して無くなるが、絵画に用いる乾性油(あるいは加工乾性油)は、蒸発せず、酸化重合してその場で固化して、ずっとそこにあり」ます。
そもそもに「油性地」の場合は「粉体」と「乾性油」からなりますが、この「乾性油」そのものが「接着剤」的な役割をしますので、「水」のように「蒸発」して「無くなってしまう」と、粉体同士が固着・接着しない状態になりますので、「下地」として成り立たなくなります。
さて、もう一度「水性地(吸収地)」をおさらいすると、「水性地」は「体質顔料」と主に「膠水」からなりますが、膠水をさらに分解すると「膠と呼ばれる動物や魚から採られた、大部分がゼラチンからなる接着剤」と「水」です。膠は精製度合によって接着力が異なりますので(いわば、食用ゼリー用ゼラチンも膠と同じで、精製度の違いですので)下地用の膠は接着力の強いものを使いますが、そのために水に溶かす濃度はそう高い濃度ではありません。こういう「水性地」のペーストの場合、「体質顔料」+「膠」+「水」の「水」が蒸発すると、「体質顔料」がむき出しの状態(粉体が水などに覆われておらず、空気にさらされている状態)のような形になるため、視覚的には「道路にチョーク」「黒板にチョーク」のように、「乾燥した状態の場合は、白く見え」ます。
これに対し「油性地」のように「粉体」を「乾性油」で練る、ということはどういうことでしょうか。…。ここでお気づきの方もいらっしゃると思いますが、「粉体」+「乾性油(あるいは加工乾性油)」で練る、ということは「油絵具」の制作とほとんど変わりないですね。ですので大きくは「油絵具」であろうと「下地」であろうと原理は全く同じである点、先にご理解ください。
もう一回復習:「水性地(水性下地)」と「油性地(油性下地)」における、「顔料(あるいは体質顔料)」と「接着成分(膠水や乾性油など)」との関係性の違い
「水性地(水性下地)」と「油性地(油性下地)」の違いは、「水が蒸発すること」「乾性油(および加工乾性油)」が蒸発せず、「酸化重合して固化すること」との違いだけではありません。
「体質顔料(あるいは顔料)」と「接着成分(つまりは膠水や乾性油など)」の関係性の違いもあります。
あくまでも便宜的な説明ですので、実際の原理とは少々異なるかもしれませんが、例えば「水性地(水性下地)」の場合は、「台紙の画用紙に、折り紙の装飾を貼る」のとなんら変わりはありません。「画用紙に折り紙を貼る」とき、おそらく画用紙あるいは折り紙のいずれかに接着剤を付け、押し付けて貼って、画用紙と折り紙にサンドウィッチされた接着剤の水分あるいは溶剤が飛んだらおしまい、といったそんな具合かと思います。
もっと簡単に言えば、くっつけたいもの同士の間にのみ接着剤が塗布され、そのくっつけたいもの同士を密着させればくっつく、というわけです(もっと色々接着のための要素はありますが)。こういうのが、あくまでも便宜上、水性地における体質顔料同士あるいは体質顔料と基底材同士を接着成分である「膠水」でくっつけている様子を簡単に説明する形です。
では「油性地(油性下地)」あるいは「油絵具」も含めての、「顔料」と「乾性油(あるいは加工乾性油)」の関係性はどうかといいますと、あくまでも視覚的に想像しやすいだろう説明をしますと、ジャングルジムのような立方体の格子の中に顔料の粒がひとつずつ入って、動けなくなっている状態を想像していただけるとよいかと思います。
あくまでも想像しやすいようにこういう話をするのですが、例えばジャングルジムが20cm長さの鉄の棒を組み合わせてで出来ていて、その中に入る顔料の粒が直径20cm強ほどの玉状のものとします。通常20cmの鉄の棒は、そのままであれば、ころころ転がることもできるので、勝手に移動なんかもするのですが、酸素という名の「ビス」で末端を別の鉄の棒でジャングルジム状にくみ上げられると、まさに公園のジャングルジムと同様に不動のものとなります。
この単なる鉄の棒状態であるのが「液体の乾性油」の状態で、酸素というビスで止められくみ上げられることを「酸化」とし、ジャングルジムのような3D状態になることを「酸化重合」という「固化」した状態とします。その20cm四方の立方体の格子の中に20cm強直径の顔料が格子から出られない形に固定されている状態を想像してください。それが油性地や油絵具が固化している状態をイメージしやすい想像図です。
この「絵具」として、あるいは「下地」としての「油性」と「水性」の固化、接着の違いが理解できると、「絵画」というもの自体を理解する上で非常に役に立つので、今はこういうイメージといいますか、便宜上なんとなくでよいので、理解に努めてもらえるとよいなと思います。
まとめとは言い難いまとめ的なもの
今回の記事で、「油性下地」に関する話はなんとか終えられるかと思ったのですが、もう少し続きそうです。
実際、いろんな事象を理解しないと難しいのが「絵画保存修復」の業界で、だからこそ「職人」の世界ではないのですが、高校生・大学生くらいだと、「なんでこんな話を…」ってところの重要性を理解してもらえないと、なかなか「理解」に追いつきにくいですよね…。
私自身、日本の国立大学大学院(油画保存修復研究室)を受験するために独学していた際によくやっていたのですが、最初から難しい本とか難しい言い回しの何かを読んでも、結構ちんぷんかんぷんですので、まずは「漫画」くらいから始めるとほんとはいいんですよ(私の場合は本当に運よくではありますが、近くの画材屋さんに「油絵具のいろいろ」に関するフリー配布冊子が置いてありまして、しかもマニアックにその中で「油絵の具の重合反応」に関する説明が漫画化された形で説明されていました。フリー配布冊子でしたし、すでに20年以上前のことですので、「これを読め!」みたいなおすすめができないのが残念ですが)。
あるいは、「油絵保存修復」関連の漫画などはなかなかないので、まずは化学や物理を理解するための漫画やyoutubeは意外とおすすめです。私自身理系出身ではないですし、理系は苦手科目ではありますが、最近の理系の本や理系youtubeは文系にもわかりよく説明がなされているので是非ご覧いただけるとよいなぁと思います。
というわけで、本日もなかなかややこしい話を長々しておりましたが、最後までご覧くださり、ありがとうございます。
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