なぜ油絵の下地には「体質顔料」を「色を担当する粉末」の主体にできない?⑧:「屈折率の理解のために」-「油性下地」あるいは「油絵具」における「顔料(or体質顔料)」と「油」はどのような状態にあるのか-

修復を学ぶ

ここしばらく、絵画(主に油彩画・テンペラ画)の構造についてお話しておりますが、中でも特に「下地層(地塗り層)」のお話を詳細にお話させて頂いています。

また直近の記事では、「油性下地」あるいは「油絵具」において、その構成物質の一つである「乾性油」は蒸発はせず、重合反応という化学的作用によって、3D構造を築くのだというお話をしました。また、あくまでも便宜上のお話ではありますが、絵具や下地の構成物質の一つである「顔料(あるいは体質顔料)」は、その3D構造の中に固定されているのだと。こういう点が水性の絵具などが、「接着剤」で「くっついている」状態と異なる上、さらに美観として異なるように視認される理由であるとお話しました。

本日はこの「顔料(あるいは体質顔料)」と「乾性油」がどういうふうにあれば、油絵具、あるいは油性下地においてよいのか、というお話をしたく思います。こういう言い方をしているのは、古典の頃などは「当たり前」のことだったことが、近現代では「作業性」などを求めるために「当然」ではなくなり、実践されていないこともあるからです。

あくまでもどういう視点で、どういう立場で、という問題もありますが、我々は「現代」が歴史上最も技術としても素材としても最良と思っていることがあります。しかし、少なくとも絵画においてはそうではない、というお話をしますと、結構多くの方が驚かれます。勿論、視点や立場によっては現代最上というが正しいということが起こることも前提です。

残念ながら近現代においては「油絵具を使う時の当たり前」のルールが伝わっていないというのがあり、それが近現代の作品ほど壊れやすい原因に繋がるのですが…。

今回するお話は「油絵具」や「油性下地」を自作する、使う上で、「当然守るべきこと」に関わるんだということも念頭にお読みいただければ幸いです(ぺこり)。

油性下地および油絵具における、顔料(体質顔料含む)と乾性油(加工乾性油含む)の関係性

フリーイラストのジャングル・ジムのイラスト・条件付フリー素材集 (myds.jp)さん参照

直近の記事にて、では「油性地(油性下地)」あるいは「油絵具」も含めての、「顔料」と「乾性油(あるいは加工乾性油)」の関係性はどうかといいますと、あくまでも視覚的に想像しやすいだろう説明をしますと、ジャングルジムのような立方体の格子(3D構造)の中に顔料の粒がひとつずつ入って、動けなくなっている状態を想像していただけると助かる、というお話をしました。

上記の話は、あくまでも便宜上のお話ではありますが、乾性油が重合反応すると3D構造を構築するのは一般的に言われていることですので、そこは間違いなありません。で、さらに「乾性油」と「顔料(および体質顔料」の関係性のお話をしますと、こういう乾性油の3D構造の中に「顔料(および体質顔料)」を閉じ込めるには、顔料がしっかり乾性油によって覆われている状態でなければなりません。違う言い方をしますと、「顔料(および体質顔料)」の一粒一粒の表面が、乾性油によって完全に濡れている状態でなければならない、ということです。

こういうと、「なんだ、簡単なことではないか」と思われると思いますが、実際は結構ややこしいお話です。

一般的に「体質顔料」であれ「顔料」であれ(合成のものはそうではない場合がありますが)、顔料というのは小さな粉体であると同時に、その小さな粉体の個々が多孔質構造を持っていたります。お風呂の軽石を見たことがある方もいらっしゃると思いますが、あれが砂場の砂より小さい形状になったとでも思っていただけたら結構です。あるいは、TVのシャンプーなどのCMで、うろこ状のキューティクルの姿などを見ることがありますが、ああいう構造の顔料も存在します。いわば、多くの場合、特に天然素材を使っているような場合などは「顔料=つるつるの球体」ではない、ということです。

そういう「粉体」に対し、「油性の絵具」であれ「油性の下地」であれ、「乾性油(および加工乾性油)」は、粉体一個一個の小さな穴の中からその周辺まで「覆った状態」でなければなりません。単純に外表面のみが油で覆われていることだけでは十分ではなく、全細孔表面および全細孔体積も全て乾性油で満たさなければなりません。

なぜなら、「粉体」の「外表面」に限らず「全細孔表面および全細孔体積」が「油」に十分覆われておらず「むき出し状態」であることは、すなわち「絵具」あるいは「下地」が潜在的に壊れやすい状態になることを示します。(これがどうしてかは、また別の機会にご説明できれば幸いです)

ですので、油絵具を使用する際は、特に絵画を塗り重ねる際、重ねるほど、上層になるほど「乾性油」を加える必要性があるのですが、結構これを知らない「油絵を描く人」が多かったりします。特に近現代の画家さんはじめ、絵を描く方は、「絵具が早く乾くこと」という「作業性」のみを考えることが多く、乾性油を混合しないだけにとどまらず、乾性油を抜くなどをして絵を描いていることがあります。これでは作品は早期破損の一択の道を進みます、

ちなみに「乾性油」というのは「リンシードオイル」や「ポピーオイル」を指し、「テレピン」や「ターペンタイン」とは異なります。ここら辺も重々ご理解いただけるとよいですね。「リンシードオイル」や「ポピーオイル」は「接着成分」ですが、「テレピン」や「ターペンタイン」は例えば水彩にとっての「ばけつの水」と同様ですので、これをどれほど加えても、絵具(顔料)が「十分接着する」ことはありません。

「水性」と「油性」との違いを、再度復習しながら比較

ここでもう一度、しつこいようですが復習として比較するとわかりやすいでしょうか。繰り返しとなりますが、「水性地」の場合は、水が蒸発して無くなることが前提ですので、「粉体」である「体質顔料」が大気に露出した状態であることが前提です。

ブログ主が作成した、大学での授業のパワーポイントの一部

これに対し、「油絵具」や「油性下地」の場合、乾性油は蒸発せずに固化をすることや、粉体一粒一粒が完全に乾性油に覆われている必要性がありますので、油が固化した後も、ずっと顔料一粒一粒の周りには、固化した乾性油が覆っている状態を想像してください。

ブログ主が作成した、大学の授業でのパワーポイントの一部

その姿は、非常に大げさにいえば、コップの中に油を満たし、その中に顔料(あるいは体質顔料)を入れた状態と同様です。

方や、水彩絵の具やチョークなどは、何度もいいますが、顔料が大気に露出している状態である。

対して油絵具というのは、正しい使い方をしていれば(ここも大事な部分ですが。苦笑)顔料(あるいは体質顔料)の周囲が完全に乾性油で覆われている

だからこそ、同じ顔料を使用していようとも、同じ体質顔料を用いようとも、「見え方」が変わります。なぜなら、顔料が何かで覆われている状態とそうでない状態では、その「覆われている何か」の分だけ、光の「屈折」が働くためなのです。

何を言っているのー!と思う場合は、再度、コップの中に水を入れて、その中にストローあるいはお箸でも差し込んで、同じストローやお箸であっても、水の中と大気中で同じには見えないことを確認してくださいね。

本日のまとめとして

本日ご理解いただきたいのは、水彩などの「顔料が露出するタイプ」の絵画と、油絵の見え方がどうして異なるのかという原理ですね。

油絵は、正しい使い方・正しい描き方がなされている場合は、絵具に含まれている顔料(あるいは体質顔料)の一粒一粒が、きちんと乾性油に覆われている状態であり、それは乾性油が重合反応をしたあとも、ずっと顔料(および体質顔料)の周囲を覆ったまま存在している、ということです。

この原理は同じく「顔料」と「乾性油(あるいは加工乾性油)」でできている油性下地(油性地)においてもなんら変わらず同じである、ということをご理解いただけると、絵画作品への理解が早まると思っております。

本日もなかなかややこしいお話を最後までお読みくださり、ありがとうございます。

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