絵画を断層状態で観察する:「絵画層」ってなあに――油絵具の「接着成分」を担当する「乾性油」を数値から観察する――

修復を学ぶ

ここ連日、絵画(主に油彩画・テンペラ画)の構造についてお話しております中、直近の記事においては「絵画層」を構成する絵具の中でも、「油絵具」における「接着成分」である「乾性油」に関し、「不飽和」や「二重結合」ということを元にお話しました。

正直ブログ主の予定よりだいぶこの「乾性油」に関する説明は長引いているのですが、もう少しだけお付き合いください(滝汗)。

先の記事の振り返りとして

直近の記事2つ前の記事にて「乾性油」というのは、全体の65%以上「不飽和脂肪酸」を含むものとした上で、さらに「不飽和」というものを化学的にお話すれば「二重結合(あるいは三重結合を含む)」を含むものとしました。

ちなみに上記の「二重結合」というのは、「原子間での電子対の共有」を伴う化学結合といわれる「共有結合」のうちの一つです。ほとんどの分子というのはこの「共有結合」からなると考えると、この「共有結合」は結構重要な用語となります。

ブログ主は文系出身ですので、あくまでも便宜上文系でも納得がいく説明しかできないのですが、「共有結合」というのは化学の世界の中では「強い結合」の部類に入るそうです。特に「単結合」は非常に安定した結合なので、これが「結合」を解いて、他と結合しなおす(変化する、化学変化する)というのは結構な労力(エネルギー)が必要となります。これに対し「二重結合」あるいは「三重結合」というのは、「単結合の部分+別の箇所」も同方向に結合という状態になっており、「別の箇所」という部分においては、ちょっと無理をしている状態ですので、ここの結合に対しちょっとした力を加えてあげるだけで、結合が切れるという状態にあるわけです。

ですので、「二重結合(あるいは三重結合)」というのは、「安定した単結合と変化しやすい結合部分」をもった箇所と考えることになるので、全ての分子、全ての物体においていえるわけではないのですが、化学式を見るときに「二重結合(=)」とか「三重結合(Ξ)」をみつけたら、「変化しやすい(安定ではない)物質かも」とにらんでみると、色々楽かもしれません。

また、同じ原子数からなる分子であっても、「二重結合」あるいは「三重結合」の数が多いものほど不安定な物質かもしれないと想定することともなるでしょう。

5種の油内の不飽和脂肪酸量の比較:リノール酸量とリノレン酸量

上記のようなお話を繰り返しするのは、下に示した表の内容がより理解しやすいようにです(^^;)。

ブログ主が作った、大学での授業用のパワーポイントから、表はInstitut Royal du Patrimoine Artistique, “LIANTS,VERNIS ET ADHESIFS ANCIENS”, 1992, p.49 参照

表の中には、各油に含まれる不飽和脂肪酸量(ただし、リノール酸とリノレン酸のみ)を示しています(うち、絵画用の油はリンシードオイル、ポピーオイル、クルミオイル)。

リノール酸もリノレン酸も同じく18個と同じ数の炭素を持つ分子からなりますが、片やリノール酸は二重結合を2つ持ち、もう片方のリノレン酸は二重結合を3つ持ちます。

ということで、リノール酸よりリノレン酸のほうが「変化しやすい」つまり、この絵画保存修復にとって大事なことに言い換えると「油の重合反応を促」し、酸化能力が高いことから、早急な油の見掛けの乾燥(固化)には欠かせないものとなっています(つまりは、油Aに不飽和脂肪酸が65%含まれているとして、その際にリノレン酸が多いほうが「見かけの乾燥(固化)」がしやすい、早い、ということが言えます)。

もちろんリノール酸も重合反応や酸化反応を可能としますが、その能力はリノレン酸にはやや劣ります。

単純に不飽和脂肪酸量のみ(リノール酸+リノレン酸)を考えると、数字として「ポピー 〉胡桃 〉リンシード」となるのですが、リノレン酸のほうが反応性が高いということで、リンシードオイルのほうが現実として乾燥性がよく、一般的に油絵具の結合材としてリンシードオイルが重用されていることがよくわかります(なお、植物性油に含まれているのはリノール酸、リノレン酸に限らず、オレイン酸などもありますので、そういう全体的な数値が必要となる、ということも忘れてはなりません)。

反面、ではポピーオイルはリンシードオイルより劣っているのだから使いようがないかというとそうではなく、実際画材屋さんに行って見比べて頂けるとよいのですが、リンシードオイルとポピーオイルでは色味が全然異なります。ポピーオイルのほうがより色が薄いのです。ですので、ポピーオイルは色味の淡い絵具を練る際に非常に重宝されているのです。ポピーオイルだって、不飽和脂肪酸が十分含まれ、重合反応性が高いことには変わりはないのですから。

本日のまとめとして

ブログ主が思うよりいくつも記事を重ねてしまいましたが、油絵具に使われる油の選択というものに関し、ご理解いただけたでしょうか?

油絵具の場合は油は蒸発せず、酸化重合という化学反応をすることで、固化することから、その固化をするための要素(不飽和脂肪酸)がある一定数量(全体の65%以上)必要となるわけです。また、同じ不飽和脂肪酸といっても、一つの分子の中により多く二重結合(あるいは三重結合)がある分子のほうが反応性が高いことが多いのだということをご理解いただけるとよいかなと思います。

加えて、油絵具の使用において、どうしても「乾燥が早い」ということを重視しがちではあるのですが、実際絵画というのは「色彩を含む美観」を楽しむ美術であることから、絵具の作成において、必ずしもより乾燥を促すリンシードオイルが使用されているわけではなく、絵具の色味を大事にするためにより色味の薄いポピーオイルも重用されているのだということをご理解いただけたらと思います。

化学の話がでてくると、拒否反応とかがでるかなと色々心配ではありますが、最後まで読んで下さりありがとうございます。

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