絵画の損傷を大きく分類してみる:事故的な損傷

修復を学ぶ

直近の記事から、絵画の損傷を大きく3つに分類してみております。

この記事ではこの大きく3つに分類した「損傷」の2つ目を見ていきます。

事故的な損傷とは:本来は発生するはずのない損傷

本日は、大きく分類した損傷のな中でも「事故的な損傷」を取り扱いますが、これは字面を見るとなんとなくどんな「損傷」を指すかはお分かりになるのではないでしょうか。

別の言い方でいいますと、「突発的に起こった損傷」「本来適正状態にあれば起こるはずのない損傷」とでもいえば、直近の記事でお話した損傷との違いがお分かりいただけるでしょうか。

あるいは、先の記事で分類した「先天的な損傷」と同様な言い方をしますと、「後天的な損傷」という風にいうことができるでしょう。

事故的な損傷(適正状態にあれば本来発生しない損傷)の分類1:保存環境に由来する損傷

事故的な損傷をひとつひとつ挙げると大変ですので、大きく2つに分けようとと思います。

まず一つ目は保存環境の問題で発生する損傷です。

保存環境なんて、「事故」とはなんか違うなぁと思いそうですが、これが地味に作品とって問題を起こす要因だったりします。

具体的には、保存場所の空気汚染とか。例えば、令和の時代はたばこに対する意識なんかは昭和と全然違いますので、たばこを室内で吸うということはまれかもですが、雪国の石油ストーブが空気汚染の要因というのは、思いのほか見落とされていたりもするので。

あるいは、「振動」。振動といいますと、作品運搬時が最も最初に推察されますね。パステル画や木炭デッサンなんかは本当に振動に弱いので、注意が必要です。ですが実のところそれだけではありません。意外と盲点なのが、空調の空気の流れによる振動などもありますので、こういう地味な振動を展示の間長期間作品に与えると、丈夫な傾向の作品でも問題が発生することもありますので注意が必要です。

あるいはなんかも損傷要因ですね。絵画作品は特に色彩に大きく価値を置くところがある芸術ですので、作品の色彩に変化があっては大変です。美術館の光源は一般的にUV対策がなされているものとなっていますが、所蔵先のご都合によりましてはなかなかUV対策など難しいこと難しいこともあります。

他、生物被害なんかもそうです。生物被害というと、なんだか大きな動物が出てきそうですが、実際は虫やカビなど、小さい生き物からの被害というのが多いです。ちっちゃいからこそ、見落としがちな存在ですからね、侮れません。

こういった環境の大きなものなんかですと、例えば保存場所の火事とか。まさに事故ですね。

あるいは避けようがないのですが、環境の大きいもので地震や津波などの被害などもあります。こういう大きな環境被害がありますと、同時にその地域の文化財の被災が発生します。ですので、美術館の場合は耐震設備がついていたり、収蔵庫の位置設計に配慮したりと、色々工夫がなされています。

事故的な損傷(適正状態にあれば本来発生しない損傷)の分類2:人為的な損傷

事故的な損傷のもう一つの分類は「人為的な損傷」です。

人為的という字面で大体の雰囲気はご理解いただけるかと思いますが、「人が関わることで発生する損傷」と考えると簡単でしょうか。

具体的には、例えば「作品の取り扱いの不注意」が一つ。これ、思いのほか在りうることです。特に作品の展示時、搬送、保管時などに発生しやすいです。怖いですね…。

上記は意図せず、本当に「事故的」に発生してしまった「人為的な損傷」ですが、二つ目の「人為的損傷」は、「意図を持った人為的損傷」です。

そんなことありえるのか?とお思いでしょうが、例えば、日本国内のニュースでも、「修学旅行中の学生が美術館の作品を壊す」とか、あるいは「お寺の壁面に落書き」とか見訊きしますよね。

また最近最もよく見聞きするニュースは、「最後の世代」と呼ばれる集団が、美術館の絵画作品にスープやら、マッシュポテトやら、ソースやらをかけているものなども「人為的な損傷」と言えるでしょう(これらは一応画面にガラスを取り付けている作品などに限定して実施していたりしますが、作品によっては額が汚染されたものなどもあります。「額も作品の一部」ですので、「作品じゃないから」では済まされない問題です…)。

上記のもの以外に、歴史的に根深い問題としては、「聖像論争(イコノクラスム)」や「芸術文化の破壊行為(ヴァンダリズム)」を挙げることができます。

イコノクラスムみたいな用語を使うとわかりにくいかもですが、例えば江戸時代の「キリシタン弾圧」を思えば、「己が宗教と異なるものを排除したい」ということから発生する行為ということはご理解いただきやすいかなと思います。

あるいは、戦争、テロ、政権交代などによって、今までその土地にあった伝統あるいは支配が別の伝統や支配に入れ替わったりする場合に、過去の文化やモニュメントが意図的に破壊されることがあります。こういう行為は本当に時代に関わらず連綿と行われています。

ただ、今まで不当に被支配的立場にいた人たちが、革命などで理不尽な支配階級を倒した際に、その「自分たちを苦しめたやつら」のモニュメントや肖像を大事にできるだろうかと心情を推察すると、壊しちゃう人の気持ちも理解できてしまうので、悩ましいのですが…。

あとは、「損傷」というと微妙かもしれませんが、「盗難」というのも一応損傷にいれています。

日本の美術館では聞かない「盗難」ですが、日本の場合は寺社仏閣で最近聞く話ですね。仏様のお像の盗難。ひどい話だなと思います。

ヨーロッパの場合、昔は結構ゆるゆるでしたけど、最近は美術館内に大きなバッグなどは持ち込めないはずですので、盗難とかは日本同様あまりないかな。

とはいえ、絵画作品の盗難の例を挙げますと、下の写真のファン・エイク兄弟による多翼祭壇画の「神秘の仔羊」が挙げられます。なぜなら実は写真に写っている図像の一枚はオリジナルではなく模写だからです。残念ながら、オリジナルは盗難されてしまい、いまだ再発見されていないため、そういう措置がなされているんですね。

ファン・エイク兄弟作、多翼祭壇画《神秘の仔羊》、上の写真の図像の一枚はオリジナルではなく模写である

美術作品の盗難は「物理的」な盗難であるともに、「文化」の盗難でもあるのでね…。

本日のまとめ

ここまで「事故的な損傷」についてお話してきましたが、これが「本来なら起こるはずではなかった損傷」と説明しました理由がお分かりになられたでしょうか。

「人為的な損傷」のいくつかは「故意」であるから「事故」ではないという考え方もありますが、あくまでも考え方の基本は「本来発生しなかったはず」「後天的な要因によるもの」というここであることをご理解いただけたらなと思います。

また同時に、作品というのは保存修復家だけが守るものではなく、作品の周囲の方々のご理解があってこそ、作品は安全に未来に伝えていけるのだということなどがお伝えできればいいなと思っております。

本日はここまで。最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

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