2022.12.04
直近の記事にて、作品調査の方法の一つ、「光学調査」の中でも、「赤外線写真」について少々お話しました。
本日は「光学調査」のお話の続きで、「紫外線写真」についてお話します。
紫外線ってなあに?
何度も繰り返しにはなるのですが、我々人間が物を視覚的に認知するには、「光」と「見るべき対象である物体」と「目」の3点(場合によっては「脳」を含めた4点)が必要となります。
そして、この世の中には色々な光線(波長)がある中で、人間が認識できる波長域が限られていること、その波長域が「380nm~780nm」の領域であること、そしてその領域の波長を「可視光線」と呼んでいることは、直近の記事をはじめ、繰り返し過去の記事にて記載しております。
これに対して「紫外線」というのは、残念ながら我々人間の目では視認することはできません。
可視光線が「380nm~780nm」の領域にあるのに対し、紫外線は可視光線の端っこの部分にある「紫」の波長より見えない向こう側にあるものですので、「紫の外側の光線」ということで「紫外線」という名称なんですね。
このように「紫外線」自体は目に見えないとはいえ、我々は日常生活の中で「紫外線」という言葉はよく目や耳にするかと思います。
例えば夏が近くなると、「日焼け止め」を買いますね。日焼け止めには「UV対策用」とよく書いてありますが、UVというのは、物理用語でいう「ultraviolet」から来ています。「ultra」は「~を超えた」という意味ですので、「可視光線の紫よりも高エネルギー光線」という意味合いとなります。
波長というのはややこしいことに、短いとエネルギーが高く、長いとエネルギーが低いものらしいのですね。ですので、780nmより長い波長の赤外線なんかは、物を温める程度の影響を与える波長ですが、380nmより短い波長の紫外線は、例えば「日焼け」という肌を焼いたり、「肌の老化」を促したりするような影響力を持ちます。
実際文化財などに対しても、紫外線はよいものではないため、美術館などの光源では「UVカット」がなされているものが使用されていたり、油絵の額にはUVカットのガラスやアクリルがはめ込まれていることもあります。紫外線は文化財などに対しては、やはり劣化を促したり、色彩の退色を発生させたりする要因となるためです。
そんな作品の展示・保存においてできるだけ「避けるべき光線」を調査で使うというのも、不思議なものですね。
紫外線写真にて、何が観察できるの?
お肌の大敵である紫外線ではありますが、この光線は「物にわずかでも当たると反射する」という性質があることから、油絵やテンペラ画などにおいては、その作品のごく表面のみの観察のために利用されます。
上の図のUVという矢印がまさに「紫外線」が作品に当たった時の様子を示しているのですが、他の赤外線やX線が作品の内部に多少の違いがあれども透過しているのに対し、紫外線は表面に反射している様子が図示されています。
さらに、紫外線自体は我々人間の目には見えないのですが、紫外線が物質に当たると、物質が蛍光を発する特徴があります。文化財保存修復において紫外線を利用する際は、この「蛍光」の有無、あるいは「蛍光」の色の様子や強弱などを観察することで調査をしています。
西洋絵画、特に油彩画やテンペラ画の場合に紫外線を用いて観察しているものの代表として挙げられるのはワニス層(保護層)の有無や、その様子です。
と、こういう風にお話しますと、すなわち「蛍光があればワニスがある、蛍光がなければワニスがない」という風に捉えてしまう学生さんがいますが、そうではありません。素材によっては、ワニスが存在していても蛍光なし、ということは当然発生します。
ですので、そこは非常に慎重に、他の複数の調査の結果も一緒に踏まえて。あくまでも紫外線写真で見えた結果のみで断言するのは危険ということは覚えておきましょう。
また、紫外線写真で時々観察できるのは、過去の補彩あるいは加筆です。通常オリジナルの絵画層と過去の手入れである補彩や加筆は「同じ素材ではないこと(例えば油彩画の補彩を油彩では実施しないのがセオリー)」や「経年度合が同じではないこと」などから、例え可視光線下で同じような色彩に見えても、紫外線下では暗く見えるなどの違和感が発生するでしょう。
ワニスについて調べるのは、ワニスの有無もそうですが、そのワニスがオリジナルなのかどうかや、その素材を理解することなど、作品理解のためです。特に、ワニスは経年によって黄変など、作品の美観を損なう物体でもあるため、それがオリジナルの場合は処置としてどうするかという点において非常に判断が難しいです。なぜなら我々保存修復関係者は、基本として「オリジナルに手を出せない」から。でも、オリジナルの素材(ワニス)自体が作品の美観に害をなしている場合は…?ということで、この判断は常に論争の対象となっています。
また、過去の処置の有無やその位置の把握に関しては、その過去の処置が「画家の手によるものではない」のであれば、通常はわざわざ残しておく必要はない上、どちらかというと、経年によってオリジナルと補彩の間に違和感がでてくることもあることから、除去や処置し直しということが求められます。ですので、「どこに(where)」、「どんな素材で(what)」、「どのように(How)」、「誰によって(Who 画家?あるいは全くの他人?)」ということへの理解への一歩としても、紫外線写真などによる調査などは、作品を理解する要素の一つとして重要になってくるんですね。
さて、とはいったものの、こういった紫外線が物質に当たって発生する「蛍光(あるいは反応)」は、決して強い反応ではありませんので、明るい光の中で、物体に紫外線を照射したところで、蛍光は観察できません。暗い環境での紫外線の照射でようやく反応を見ることができるものですので、その撮影なども、他の撮影方法とは異なり、わずかにややこしいものとなります。
また、紫外線は人の肌を日焼けさせるような強いエネルギーを持つ波長なのですが、その光線を使って作品を撮影する際に紫外線を直接見るなどすると非常に危険です。ですので、もしお家で紫外線ランプなどを使用して物体に照射する実験などをする際は、必ずUV対策のゴーグルなどをするなどの対策をしてくださいますよう、よろしくお願いします。最近はマニキュアやペイント類でもUV硬化タイプのものがありますので、手軽に紫外線ランプは購入できるのですが、それで目を悪くされてもよくないので。
本日のまとめとして
作品の調査用の紫外線ランプは、強い光線が求められるので、大きなランプや紫外線の蛍光灯を使うのですが、最近は小さなハンディタイプの紫外線ランプも販売されています。
そういうもので「紙幣」あるいは「蛍光ペン(なんかも確か反応したかな?)」などを観察してもおそらく「蛍光」は観察できますので、もし「紫外線による蛍光って?」と思われる方がいらっしゃいましたら、是非実験してみてください。
その際は繰り返しになりますが、くれぐれも紫外線を直視しないよう、保護用UV対策ゴーグルをつけて実験してみてくださいね。
というわけで本日もちょっと長くなりましたが、以上です。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
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