絵画の保存と修復:適正な「修復計画の作成」のために考えるべきこと

修復を学ぶ

少々前の記事にて、医療の現場における実際的な処置の前に「患者さんへの理解」「問題発生の原因の理解」「先の2つを踏まえての治療方法、対処方法、予防方法」への理解のために病院ではいろんな検査をするんだろうという話を書きました。

また、その後の記事にて、絵画の保存修復の処置の前には、まず医療の現場と同様に、患者さんである「作品自体への理解」が重要だよということや、加えて直前の記事においては「作品の損傷原因を理解」することの大事さを書きました。

その上で本日は、『絵画(文化財)の保存修復処置を実施する前には「作品理解」「損傷原因の理解」に基づいて「修復計画の作成(処置方法、予防方法)」を考える必要がある』ということをご説明します。

「作品理解」や「損傷原因の理解」に基づいて「修復計画(処置方法、予防方法)」を考えるって、どういうこと?

最初に簡単にまとめてしまうと、「作品が壊れている→手を入れよう!」という行き当たりばったりではなく、ひとつひとつの作品に対して「どういった処置が必要か」「それらの処置をどのような素材、どのような方法で実施するか」ということを考える必要がある、ということです。

もっと言えば、「処置は本当に必要か」あるいは「この作品に対して処置は可能か」という段階から考える必要すらあるでしょう。

これが「作品が壊れている→手を入れよう!」という「考える」ということを放棄した過程を踏めば、作品にとって耐えられない処置を、何も考えずに実施してしまう危険性もあることはご理解いただけるでしょうか?

あるいは、自分自身が病院にて治療をしてもらう場合で、かつ、その治療方法を選択できる場合、「治療として安全性のあるもの」「実際の患者に対する治療成功率の高さが実証されているもの」「効力が早急に聞くもの」「効力の持続性のあるもの」「再発しないもの」などの治療をしてほしいと思いませんか?

こういう考え方は、文化財の処置においても同様に発動されます。

不思議と当然のようになされる誤解:修復処置は永遠性がある?

私自身、修復を学ぼうと思った頃、「一度修復したら、永遠とは言わないまでも、何百年かはその作品は生きながらえる」と思っておりました。おそらく修復学習前の私同様に、そのような誤解をされている方は、いまだゼロではないと思っております。

しかし残念ながら、文化財(絵画)の保存修復処置というのは、永遠性のあるものではなく「かりそめ」でしかありません。

修復業界において、次の修復が必要になるまでできるだけ長持ちする処置をということを念頭においてはいるものの、物理的な限界というものは存在します。

なぜなら作品そのものが、物体として経年によって損傷するのに、修復に用いた素材が永遠性を持つなんて、ありえないからです。

どんなものでも、修復に用いた素材であっても、経年すれば脆弱化したり、変色したり、あるいは効能を発揮しなくなりします。

勿論修復家は、最大限、実施した処置が保つよう、そういった処置を選択します。

それでもひとつの処置が50年保てば万々歳。

私が携わった作品の場合だと、5~10年前に別の修復家によって処置された作品の再処置が回ってきたことがあります(その作品は16世紀の作品でしたので、もちろん過去に複数回処置がなされていましたが)。

そのように我々の処置は、作品が半永久的に未来に遺されるように実施されるのですが、処置自体は何十年ごとくらいのスパンで除去・再処置を必要とすることから、作品にとり必要十分な処置である反面、できるだけ作品に負担を与えない処置、将来的に除去が求められた際に除去が容易である処置であるべきとされています。

「負担」?と思われますよね。そう、作品を処置する際には、作品自体に負担がかかるのです。

このお話を加えると、すでに長く書いておりますので、次回にしましょうか。

本日のまとめ:適正な「修復計画の作成」は、結局「最大限の作品理解」の上に成り立つ

少なくともここまで読まれて、我々修復家が「作品が壊れている→手を入れてやろう」という「手の仕事の人」ではないことは、なんとなくご理解いただけたら幸いです。

なぜなら、壊れている作品に対し、「そもそもに処置がいるのかどうか」を考え、その上で「作品にとり安全」で、「作品にとり効果があって」、「処置の効果ができるだけ長く続く方法」で、「でも将来的に処置したものを取り除く際に、作品にダメージを与えない方法」かつ、「作品に負担を与えない方法」である必要がある場合、やはりまず患者である「作品自体を十分に理解する」必要性があるためです。

十分な作品理解なしには、上記のような条件を満たすような修復方法の選択は不可能となってしまいます。

というところで本日はとりあえず以上となります。最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

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