先の記事にて、絵具というのは「顔料(色を表すもの)とメディウム(接着成分)」からなるよというお話をしました。
また、「顔料」というのはメディウムに溶解するものではなく、粉体がメディウムに分散している状態のものですよという話をしました。
加えて、顔料というのは洋の東西に関わらず、その素材は古典絵画であるほど同じという共通点があります。
ですので、日本画だ、油絵だ、みたいな「絵画」の美観の特徴を与えるのは、むしろ接着成分である「メディウム」であると考えられます。
なので、非常におおざっぱな言い方をすれば「顔料+〇〇(接着成分:メディウム、結合剤、媒材など)」が絵具なわけですが、この「〇〇」の部分を変えると、水彩になったり油彩になったりするわけです。
なので、あくまでもおおざっぱにですが、本日はこの「〇〇」に何を入れると、どういう絵具になるのかをあくまでも簡易的に見ていきます。
「顔料+アラビアガム(水性樹脂が接着成分(メディウム・結合剤・媒材)」の場合
ではまず最初に「顔料+アラビアガム(水性樹脂)」でできるのは水彩です。
自作でも簡単にできる水彩絵の具、実際に「アラビアガム」のみでも水彩として機能しないわけではありませんが、より固着をよくする素材や、防腐剤を入れたほうが使いよい気もします。
次に、実は「顔料+アラビアゴム」という水彩と全く同じ組み合わせでできるのがパステルだったりします。
反面、アラビアガムの溶液濃度は、水彩より格段に低いもので十分だったり、顔料と煉り合せるアラビアガム溶液の量がごく少量でよかったりといった違いがあります。
顔料粉末を必要最低限のアラビアガム溶液でこねこねできる程度にまとめて、棒状に整形し、乾燥したら出来上がりなので、小学生の夏休みの自由研究やら作品とかでやってみると
面白いかと思います。
「顔料(岩絵の具)+膠(水性接着成分:メディウム・結合剤・媒材など)」の場合
他にも水性の絵具といえば、日本画の絵具があります。
日本画は、現代の場合でも作者自身が自分で絵具を練って作っているはずです。
こちらの材料としては「顔料(岩絵の具)+膠」です。
膠というのは、動物の皮とか骨とか、腱とかそういう部分から抽出したいわばゼラチンからなる接着剤です。
膠と食用ゼラチンの何が違うかといえば、精製度が違う(不純物の度合が違う)程度かと考えます。
ちなみにこういう「顔料+膠」からなる描画方法を「日本画」特有と思われる方は多いかもしれませんが、実のところ西欧世界においても、油彩画技法が出てくる以前に、「Détrempe(デトランプ)」という名称で使われていました。
なんといいますか、絵具というのは「顔料(色担当)+接着成分(付着担当)」という公式からできるため、海の東西と隔たりがあろうとも、時代が古いほどに似たり寄ったりな素材が使われるというところは面白いと思います。
「顔料+卵(接着成分:メディウム・結合剤・媒材など)」の場合
これに対し、「顔料+卵」の組み合わせだと「テンペラ」となります。
現在我々が「テンペラ」という場合、一般的には「卵」といっても「卵黄」のみを使う技法が自動的に想像されるでしょうか。
この「卵黄」のみ使用する場合は、カラザの部分や卵黄を球体ならしめている被膜などを除去して使う必要性があります。
さらに卵黄のみを筆につけると、非常にもったりして使いにくいことがお分かりになると思います。
ですので、防腐および、卵のキレをよくするために、ワインビネガーを混合させると使いよくなります。
なぜ「卵黄」だけを用いるのか、「卵白」は使用しないのか、あるいは「全卵」では使わないのかと問われれば、そういう技法もあります。
修復技法では逆に「卵白」を使うほうがメジャーでした(現在は逆に「卵白」を使った修復技術を持つ方は殆どいないように思います。私が知る限り、技術を持つ方が殆どいなくなったこともそうですが、そういう方に限ってその技術を他者に伝承しないことが非常に多いので…)。
これも、もし気になられる場合は、いろいろ卵の状態を変えて試してみられると面白いかと思います。
「顔料+蝋(接着成分:メディウム・結合剤・媒材など)」の場合
先の「顔料+卵」なんかは、絵画業界にいないとびっくりする技法ではありますが、もっとびっくりするのは「顔料+蝋」かもしれません。
こういうのを使った古典技法だと「エンコスティック」というのがあります。
有名なのですと、ファイユーム地方で出土したミイラの肖像などがあります。
しかし、蝋というのは、熱をかけて溶かしてようやく液体になり、また簡単に冷めて固化してしまうので、そういうもので精密に描くのは難しいでしょうね、と、この技法は私自身使ったことがないので想像まで。
ちなみにエンコスティックは蜜蝋を使っていますが、クレヨンも「顔料+蝋」で作られています。
ただし、エンコスティックのように蜜蝋からではなく、現代では石油由来の蝋でできているそうなので、パラフィンからできているのかしら。
ただ、ネットで調べると蜜蝋由来のクレヨンも販売されてはいるようですね。
「顔料+乾性油あるいは加工乾性油(接着成分:メディウム・結合剤・媒材など)」の場合
本日の最後に、では油絵具は?と問われれば、きっと容易に「顔料+油」と回答していただけることでしょう。
ただし、この油はオリーブオイルやごま油ではありません。
一般的にキッチンで見る油は非乾性油ですので、ずっとべとついたままいる傾向があります。
対して、絵具に使う油は乾性油と言いまして、酸化によって固化する(見かけの乾燥)をする油です。
とはいえ、水彩のように塗ったはしから乾燥することはありませんが。
おそらく最もよく使われる乾性油としては、リンシードオイル(亜麻仁油)、そして白などの薄い色彩などを使う際に好まれるポピーオイルが挙げられます。
油絵具は、ほかの絵具より格段に臭い(香り)がするので、それが苦手という方もいらっしゃるかもしれませんね。
本日のまとめ
ここまでご覧になられて、「顔料」の部分に変化はないまま、「接着成分」のほうが変化することで、絵具の名称(表現など)が変化することがご理解いただけたかと思います。
また、意外と違う絵具でありながら、同じ素材の組み合わせでできているものもあることにお気づきになられたことでしょう。
ただ絵を趣味として描いて楽しむだけであれば、「どういうものからできている」ということまで理解する必要性はありませんが、作品を保存する・修復するという立場の場合、おおまかであってもこういった感じで「どういうものから絵具ができているのかな?」ということを知っていることは非常に大事で有用なんですね。
というところで本日はここまで。最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
※参照:監修・森田恒之、執筆・森田恒之、横山勝彦、小泉晋弥、降旗千賀子、井口智子、
絵画表現のしくみ――技法と画材の小百科――、美術出版社、2000年、p.37
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