絵画を断層状態で観察する:「下地層(地塗り層)」ってなあに――「エマルジョン地」とは――

修復を学ぶ

ここ最近の過去記事にて、油彩画(テンペラ画含む)は、多くの場合複数の層構造からなるというお話をしました。

加えてここしばらくは、その多層構造の中でも「下地層(地塗り層)」について説明をしています。

加えて、この「下地層(地塗り層)」は、あくまでもおおざっぱにですけど「水性地」「油性地」「エマルジョン地」に分けることができるとお話し、「水性地」「油性地」については大まかな説明をしました。

ということで本日はようやく「エマルジョン地」について説明しようと思います。

そもそもエマルジョンってなあに?

ただ、そもそもとして「エマルジョン」って何?から始まると思うのです。

カタカナでいうとややこしいねんとも、思われるかと思います。

なので、この「エマルジョン」、日本語だと何になるかといいますと「乳濁液」という別名になるようです。

想像できるような、できないような…って感じですね。

ですので、さらに「乳濁液」とはを調べると、「液体の小滴が、それを溶解しない他の液体の中に分散してる系を指す」とされています。

難しいですね。

要は、少なくとも

  • 少なくとも2つ以上の「液体」に関わる混合体を示す
  • 2つ以上の「液体」が溶解しているのではなく、片方は他方の中に、水滴状で浮遊する形をとる

と言いたいのだろうと考えます。

で、上記の条件で考えた場合に、溶け合わない2つ以上の「液体」を身近なものを考えると、「水」と「油」が脳裏に浮かびますよね。

ですので、「エマルジョン(乳濁液)」というのは例えば「水性の液体の中に、油性の小滴が浮かんでいるような状態の液体」あるいは「油性の液体の中に、水性の小滴が浮かんでいるような液体」を指します。

身近なものでどういうものが「エマルジョン(乳濁液)」かというと「マヨネーズ」がそうです。

マヨネーズは油性である「サラダ油」と水性である「酢」が混合されたソースですので、本来混ざり合わないものを混ぜているんですね。

こういう「水」と「油」が混ざり合ったものを「エマルジョン(乳濁液)」とするならば、「エマルジョン地」というものが、どういう物からなるのかもなんとなく想像できるのではないでしょうか。

(ただ、これをきちんと理解する時には、「溶ける」「溶解する」ということへの理解も重要かと思ったりするんですよ。経験として、お砂糖や塩がお水に溶けることは皆わかっていますが、そのお水に対してどうして油は溶けないのだろうとか。当たり前ではあるけれど、理屈として理解することって、作品に向き合う際に結構重要なんですね…)

あらためて、「エマルジョン地」ってどんな下地?

さて、上記によって「エマルジョン」というものが「水」と「油」のような「混ざり合わない」ものが、「溶けあう」状態ではなく、「水という大きな塊の中に、ごくごく小さな油の水滴という形で浮遊する」あるいは「油という大きな塊の中に、ごくごく小さな水滴という形で水が浮遊する形」で共存する状態ということは、少しご理解いただけたと思います。

その上でここで軽くおさらいするならば、水性地は「白い体質顔料」(+「白い顔料」)+「膠水(水性の媒材、メディウム)」からなり、これに対し油性地は「白い顔料」(+「白い体質顔料」)+「乾性油あるいは加工乾性油」からなります。

「水性地」か「油性地」かを左右しているのは「接着成分」である媒剤(メディウム)が「水性」なのか「油性」かなのかなのはご理解いただけると思います。

すると、「エマルジョン地」と呼ばれるものの「接着成分(媒剤、メディウム)」が「エマルジョン(乳濁液)」である、つまり、水性の接着成分と油性の接着成分の混合液であるとご想像いただけるのではないでしょうか。

通常は「膠水」と「乾性油」からなると考えるとよいでしょう。

私は一応自分で「水性地」も「油性地」も作ったこともありますし、大学で教えていた際に、授業でこれらを学生と作ったこともあるのですが、機会がなくて、エマルジョン地は自分でやってみたことがありません。

ただ、実際作ってみたことがある人の談ですと、非常に面倒、というか大変みたいですね。

実感をこめてこの話をできないことが残念でなりませんが。その上で、エマルジョンジの特性はどんなかというと、「水性地と油性地の両方の性質を持つ」というのが特徴です。

そりゃ、媒剤(メディウム)に両方入っているのだから、そうなりますよね。

まあ、「両方の性質を持つ」というのを、どんなだっけ?と考えると「水性地」の場合は、「吸収する」という作業性や美観に関わる性質や「物理的に固い」というのがあります。

ちなみに「物理的に固い」ことで、下地を削り、磨き、鏡面のようなつるつるな面を得ることができるので、美観的にも重要な性質ではありますね。

対して「油性地」の場合は「吸い込まない」性質や、ある一定年数ではありますが「しなやか」を獲得することができ、水性地にはない運搬上の効率なども得ることができます。

上記のような「水性」と「油性」の性質は全くに相反するものなのですが、「エマルジョン地」はそれをうまく折衷した性質で取り入れることができるということです。

ただしこれは、混合する「接着成分(媒剤、メディウム)」に含まれる「水性メディウム」と「油性メディウム」の比率のバランスによって性質が「水性地」寄りになったり、あるいは「油性地」寄りになったりします。

ですので、表現者が「美観としてこういう艶がほしいんだ!」とか「こういう作業効率がほしいんだ!」みたいな非常に具体的なプランや精密な調整がほしいみたいな場合に、よいでしょうね。

ただ、繰り返しますが、この下地を作るのは相当大変だそうですが…。

また、水性の性質も油性の性質も合わせもつのがこのエマルジョン地ですので、表現としましても、テンペラやデトランプに限定とか、油彩画限定とかではなく、勿論「水性」と「油性」のバランスにもよる部分はあるとは思いますが、混合技法でもなんによせ、使用の幅の広い下地であることが言えます。

本日のまとめとして

これで「水性地」「油性地」「エマルジョン地」の説明を終えましたが、「これが最良」とか「これだとメリットばっかり」という説明ではなかったと思います。

それぞれの「地」も特性があるので、自分の表現や絵具との相性、自分の要望にあう「地」が選択されていることって重要ですし、逆をいえば「こういう考えがあって、画家はこういう地で描いているんだな」というヒントにもなるため、下地というのは鑑賞の際には気にされませんが、作者を理解する上では興味深い層だったりするんですね。

というわけで本日も長くなりましたが、ここまで。

最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

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