2つ前の記事において、油彩画(テンペラ画含む)は、多くの場合複数の層構造からなるよ、というお話をしました。
また、「支持体(基底材)」や「前膠塗り(下膠、目留め)」についても説明しました。
ですので本日は、「下地層(地塗り層)」についてお話したく思います。
絵画における「下地層(地塗り層)」ってどんな役割をするものなの?
この「下地層(地塗り層)」は、支持体(基底材)である布や木材(板)の凸凹を馴らし、絵画の表面の見えを決定するような美観的な役割をします。
また、絵画層の固着を安定させたり、特に支持体(基底材)が布(キャンバス、画布)である場合、油絵の具に含まれる油が直に布に触れないようにガードする役割など、作品を安全に長期的に保存する保存的役割をします。
こういうお話はおそらく女性のほうがお分かりになりやすいかと思いますが、お化粧のファンデーションや下地の役割と全く同じですよね。
お化粧の下地やファンデーションは、肌の毛穴をある程度埋めてつるつる肌(あるいはパウダリー肌)を形成したり(補正、美観的処置)、汗をかく時期であってもお化粧くずれがしにくくなるような役割(保存的役割)があります。
実際絵画の「下地層(地塗り層)」は、英語では「foundation(ファンデーション)」と呼ばれます。
お化粧において、美観的にも保存的にも重要なように、絵画においても美観的にも保存的にも軽視できない層です。
この下地で重要なものは大きく3つ挙げることができます。
すなわち、水性地、油性地、エマルジョン地です(大きく3つというのは他にもカゼイン地などがあるからですが、主要は上記3つですので)。
上記のように3つでてくると、ややこしいですね。大学で学生相手に授業をしていても、結構ここで詰まる学生がいました。
そこで、一旦きちんと理解しただろうと考えられる、いくつか前の記事に書いた絵具の話に戻して話をしようと思います。
水性地、油性地、エマルジョン地といった3つの下地を理解するために、一度「絵具」について復習してみる
さて、3種類の下地についてきちんと理解をするために、まずは復習として絵具は何でできているかを、あくまでもおおざっぱにお話しましょう。絵具はすなわち、大きくは「色を担当するもの(顔料)」と「接着剤的なもの(媒剤、メディウム)」の2つからなることは、過去に何度かお話していますね。
で、この「接着剤的なもの(媒剤、メディウム)」が水性のもの(水性の膠やアラビアガムなど)であれば水性絵具(日本画用絵具、水彩、ガッシュなど)となり、逆にこの接着剤的なものが油性(油)であれば、油絵の具となります。
この接着剤部分が、絵具の性質を支配していしましたね。
この「色を担当するもの(顔料)」と「接着剤的なもの(媒剤、メディウム)」という構成要素からなるのは実は下地(地塗り)も同じです。
だからこそ絵具と同様に。「接着剤的なもの(媒剤、メディウム)」が水性のものからなる下地であれば水性下地、逆に油性(油)からなる下地であれば油性下地、ということです。
エマルジョン地については、この両者を説明してから説明するほうがわかりよいかと思いますので、後ほどに。
水性下地ってどういう素材からなるの?
ですので、水性地(水性の下地)はどういうものからできるかといいますと、水性の絵具と同様に「色を担当するもの(顔料)」+「水性の接着剤的なもの(媒剤、メディウム)」からなります。
ただし、水性地の場合は通常「白い層」です。
ですので「色を担当するもの(顔料)」に関して白色のものを使います。
さらにいえば、顔料の持つ屈折率や被覆力などの関係から、必ずしも「色を担当するもの」が「顔料」じゃなくても問題ないのが水性地だったりします。ここからが結構ややこしいかも…。
ですので、もちろん単純に「白色顔料」+「水性の接着剤的なもの(媒剤、メディウム)」で水性下地とすることはできますが、実際は古今東西、そんなレシピでは水性下地は作ってはいないのではないかなと思います。
なぜならば、ですが、水性下地の需要から考えて、もし古典作品であれば、長い長い歴史の中で、白色顔料は「鉛白」しかなかったため、作業上「削る・磨く」という処置が入ってくる水性下地においては、鉛白オンリーで下地を作るのは危険度が高いということが一つ。
もっと普通に考えてではあるのですが、「体質顔料」のみで制作できるものに「顔料」のみで制作なんて、お商売・経済を考えた場合にやらないな、と。
なぜなら「体質顔料」は「顔料」より安価である上、水性下地に使う場合に「安かろう、悪かろう」になる素材ではないからです(むしろ水性下地の上で作業する上で、作業効率がよいのではないかとも推察します)。
ですので、水性下地の場合によくある素材の組み合わせは「白い体質顔料」+「接着剤的なもの(媒剤、メディウム)」あるいは「白い体質顔料」+「白色顔料」+「接着剤的なもの(媒剤、メディウム)」となります。
具体的にはどういう素材からなるのかといいますと、「白い体質顔料」には時代や地域、国、やりたい表現などにもよりますが、石膏あるいは白亜が使われることが多いです。
これに対し「白色顔料」には亜鉛華が使われることが多いようです。
なぜならばですが、白色顔料の代表3つは、鉛白、チタニウムホワイト、亜鉛華ですが、鉛白が一番歴史が永い顔料である反面、毒性が強い性質があることから下地に使うことは危険だからです。下地を制作する過程には、削る(磨く)という作業がありますので、その際に鉛白紛が空気中を舞い、それを吸ってしまうのは体に毒ですので、作業する人の体を考えて使用を控えたほうがよいでしょう。
チタニウムホワイトにおいては、粒子の細かい顔料であることから、厚みのある下地を作りたい場合に、下地にひび割れを生じさせる危険性が上がってしまうため、という作業性や安全効率のため、あまり使用しないようです。
とはいえ、亜鉛華自体が歴史の浅い顔料ですので、「体質顔料」+「顔料(亜鉛華)」+「接着成分」という公式で水性下地を作っている研究者や画家さんたちがいらっしゃっても、すごーく伝統ある方法、というわけでもなさそうですね。
本日のまとめとして:特に水性地に関して簡潔に
こういった「色を担当する粉体」に関しては、いろいろと選択肢のある水性下地ですが、「接着剤的なもの(媒剤、メディウム)」は、濃度などの違いはあれど、「膠」を使います。
ですので、水性地の素材をまとめますと「白色の体質顔料」+「白色顔料」+「膠水」あるいは「白色の体質顔料」+「膠水」でできているのがこの下地層です。
ちなみにこの水性地は、「上に塗布する絵具の余計な水分やメディウムを紙のように吸い取ってくれる」ことから、「吸収地」という別名もあります。
本日は大分長くなりましたが、最後までお読みくださり、ありがとうございます。
結構こういう構成物質の理解が重要な反面、ここが大学で教えていた時代に学生などにとっても壁にぶつかる部分だったことから、ついつい説明が長くなります(汗)。
最後まで読んでいただけると、ありがたいですね。本当にありがとうございます。
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