絵画の保存と修復のために:「作品に発生した損傷」の原因を理解する必要性

修復を学ぶ

以前の記事にて、医療の現場における実際的な処置の前に「患者さんへの理解」「問題発生の原因の理解」そして「先の2つを踏まえての治療方法、対処方法、予防方法」への理解のために病院ではいろんな検査をするんだろうという話を書きました。

また、直近の記事にて、絵画の保存修復の処置の前には、まず医療の現場と同様に、患者さんである「作品自体への理解」が重要だよというお話をしました。

本日は、再び医療の場合に「問題発生の原因を理解する」必要が求められると同様に、絵画(文化財)の保存修復においては「損傷発生理由」を理解することが大事だよということを書いていきます。

「問題発生の理由」を理解しないままの処置は、リスクが高すぎる

おおよそ、文化財の保存修復に携わる人のところに一つの作品がやってくる(処置に限らず、単純にご相談だけでも)理由としてはその作品になんらかの損傷を含む問題が発生しているからというのが一般的です。

この時に我々が病院に行く場合を想定してもらえるとよいのですが、例えば腹痛で病院にいっても、お医者さんがいきなり「じゃ、お腹を切ってみてみましょうね」なんて、いきなり患者さんを手術台にのせることってありません。

それはなぜでしょうか?

理由は患者さんにいろんな意味でリスクが大きいからです。

一言で腹痛と言っていますが、原因はいろいろあります。

例えば、昨晩寝ているときにお腹を出したまま寝ていて冷やしてしまったとか、ストレスで胃が痛いとか、便秘であるとか、盲腸であるとか、食べすぎとか。

これらの要因の治療って、同じではないはずです。

少なくとも盲腸と便秘の治療が同じはずがない(^^;)。

そうすると、原因に見合った治療をしないと、患者さんは無駄にお腹を切られるような命の危機にあったり、体力の消耗をしたり、無駄に入院する時間の無駄に加え、金銭的無駄を支払う必要が出てしまいます。

「作品が壊れている→手を入れましょう」といった全然頭を通さないことをやると、いわば、便秘に対して盲腸の手術をし始めるあるいはその逆をしていてもおかしくなかったりします。

そんな行き当たりばったりの処置は、意味をなしませんよね。

そうすると、患者さんがこういう個性(体質)を持っている中で、こういう原因が発生しているのは、こういう理由って原因がわからないと「適正処置」というのが不可能になるわけです。

いわば、「お腹痛い→切りましょう」と即物的ではないように、我々文化財保存修復の業界でも「壊れている→とりあえず絵具ぬっとけ」みたいなわけのわからないことはしません(というか、この業界で「絵具ぬっとけ」自体、ご法度なのでやりませんが)。

本日のまとめ:「目的」のある作品観察は、最終的には作品理解に繋がるため非常に重要な作業

作品のポテンシャルによっては、壊れやすい作品もありますし、逆にある程度耐久度の高い作品もあります。

事故でできた損傷もあれば、経年でどうしても発生せざるを得ない損傷もあります。

中には「壊れないように」といろいろ気を回した結果が保存環境によっては困った事態を引き起こすこともあります。

そう考えると、先の記事の「作品を多角的に理解する」というのと「損傷原因を理解する」というのは個別に存在しているのではなく、非常に密接な関係性がある、掛け算のような関係性であったりします。

また、作品の個性の観察のときには見つからなかったことが、作品の損傷観察で気づくこともあります。

……といいますか、なんといいますか、本当にこの「作品を理解する」ということが、ものすごく基本で根本であるがゆえに、あらゆる場面で最終的にたどり着くのは「作品理解」なのです。

ただ、作品を理解も、その作品の損傷を理解することも、実際問題我々修復家が扱っているのは物体であるため、「ここが痛い、ここがいつもどおりじゃない」と音声として話してはくれません。

ではどのように「理解」に至るかといいますと、あちこち作品をミクロにもマクロにも、文字通り見る角度を変えて見落とさずに観察することで、作品が雄弁に話し始めることがあります。

といっても作品への観察で得られるのは断片的なヒントだったりするのですが、それらのヒントを過たず繋いだときに、初めて作品の言いたいことにたどり着けることがあります。

その時に、初めて我々は、作品を適正に取り扱うことができるのだと考えるのです。

簡単ではありますが、本日は「損傷の原因を理解する」必要性についての触りでした。

本日も最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

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