「絵画の保存修復:よくある誤解」では、そもそもに絵画保存修復のお仕事は「純然たる美術の仕事」「芸術的なお仕事」にべったり集約されるお仕事ではなく「物理化学」の知識を要するお仕事であると説明しました。
もっとかっこいい言い方をすると「自然科学」のカテゴリにも入るお仕事だといわれます。
だからこそですが絵画の保存修復のお仕事は、純然たる「美術」のお仕事とは言い難く、修復家になりたい学生あるあるの「手先が器用だから」「絵が好きだから(絵を描くのが好きだから)」という理由が、ブログ主の個人的な感覚とはなりますが、大学で教員をしていたころは、不安を抱かせるものでした。
もっと言えば絵筆を持つ作業は実際ゼロとはいいませんが、絵画保存修復処置において、一つの作品に対して必ずしもついてくるわけではないですし、また、もしある作品の処置として補彩が求められても全体の処置の割合として最大でも1割の作業量に至るかどうか程度かと。
上記は「調査・研究」を含めてですし、さらにいえば保存修復処置自体が、実に様々な処置を要します。
加えて別の記事にて、少なくともブログ主は「調査研究」と「処置」の重要性の割合は「50:50」としていることも含めて、当記事から、修復前の作業の大事さや、絵筆を持つような作業以外の処置のお話もできたらよいなと思います(^^)。
文化財の保存修復関係者は、「文化財のお医者さん」?:なぜ「修理屋さん」ではないの?
本題の前に、我々の仕事はよく「文化財のお医者さん」と言われることからお医者さんのお仕事とリンクさせながらお話することをお許しください。(特に医療関係からは、「お前らと一緒にするな」とお怒りを買いそうで怖いですけど。(^^;)実際、「国宝のお医者さん」って漫画もありますね)
でも、わざわざ医療関係者に怒られないかなっていいながら「文化財のお医者さん」って言い方をしている段階で、「変だな?」って思いませんか?
だって文化財(絵画)の保存修復って、物体相手で生体相手じゃないのに。
物体相手だったら、水道とか自転車の故障と同じで「修理屋さん」でいいじゃないかと思いませんか?
この「お医者さん」と「修理屋さん」の間には、生体と物体という違いのほかに、大きな違いがいくつかあります。
そのいくつかの大きな違いが、医療と絵画(文化財)の保存修復の間の大きな共通点ではないかと考えているのです。
ものの「修理」に関する考え方:修復や医療との違い
ではまず「修理屋さん」のお仕事を考えてみましょう。
腕時計、スマホ、自転車、水道、家、車など、大人はもちろん、中学生くらいでも一度は何かの修理のお見積りを頼んだ経験があると思います。
そのときに一般的によく言われるのが「この部品が壊れちゃったからね~。ここさえ交換すれば、まだ使えますけど、どうします?」って言葉。
逆に「この部品が壊れちゃったからねー。ここさえ交換すれば使えるけど、このお品物、大分年季ものだから、もうスペアの部品がないので、残念ながら修理できないんですよー」って言葉を聞いたことがある方もいるかもしれませんね。
上記で何が言いたいかといいますと、修理屋さんの場合「スペア」があれば、修理ができるんです。
これが一つ目の違い。
そして二つ目は「別段オリジナルに固執しない」ということ。違う言い方をすると、「壊れた部品を保守する必要はない」ということ。
最後に三つ目の違いは修理が求めるものは「機能の回復」であること。機能の回復ってなんぞや、といいますと、
パンクした自転車がパンクしたままでは「安全な」「走行」ができないから、「パンクを直し」て、「安全かつ適正走行」ができるようにする。
電池のない腕時計に、電池を入れ替えて、正確な時間の確認ができるようにする。
つまり、その道具がするべき本来の働きができるようにするのが修理。
そのためには「項目2」のように「オリジナルの部品が壊れているなら、別の部品に取り換える」のが「当然」であるのが修理なわけです。
なぜか?
あくまでも一般的にではありますが、スペアが、代替えが、代わりが、存在することによって、特に現代のように大量生産品大量消費の時代で、一点ものを丹精込めて職人が作っている物品ではない限り、大量生産された部品から製品が成り立っているためです。
また、修理するものは、一般的には「生活用品」だったりします。(骨董、工芸品の日用品はまた話は違いますよ)
もう壊れて動かないけど、一人暮らしのときに初めて買った洗濯機だからと思い出に取っておいている方はいないでしょう。
大量生産された、日常製品は、「道具として機能」しないと生活上困るのです。
だからこそ、だいたい壊れると「買い替え」か「修理」となり、「修理」を選択する場合に、「壊れた部品のままでいてー!」なんて人はおらず「機能回復」のために「オリジナルの部品からスペアの部品に取り換える」ということが行われる。
これが一般的な修理の考え方かと思います。
次の記事では医療や保存修復の考え方を書きますね。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
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