ここ連日、絵画(主に油彩画・テンペラ画)の構造についてお話しておりますが、現在はとりわけその中でもワニス層についてお話しております。
本日は具体的に、絵画の保存修復の人間がよく使うだろうと考えられる二大樹脂についてお話しようと思います。
我々絵画保存修復関係者が使うワニスと、アーティスト(製作者)が使うワニスは異なることが少なからずあるよというお話は直近の記事などで書いているので、もしよかったらそちらもご覧くださいませ。
絵画の保存修復において、ワニスとしてよく使われる樹脂2種:ダンマル樹脂とパラロイドB72
先の記事にて、現代絵画保存修復の業界においてワニスといえば、おおよそ「樹脂」とそれを溶かすための「有機溶剤」からなるというお話をしました。
また、「こういう特性のある樹脂」がワニスには好ましいなぁというお話をしつつ、実際先の記事で記しました「好ましい特性」を全て持つ樹脂というのは存在しない旨もお話しました。
そんな中で、現代の絵画の保存修復家が比較的ワニスとしてよく使うだろうと考えられるのが「ダンマル樹脂」と「パラロイドB72」です。
ただし、繰り返しとなりますが、上記2つの樹脂にしても、先の記事の「好ましい特性」全てを体現できるわけではないんですね。
例えばワニスに求められる「美観的な特徴」に関して言えば、「①透明である」「②美しい艶を持つ」、「③作品の求める程度の艶を与える」、「④変色(黄変)しにくい」、「⑤黄変の度合が少ない」のような条件がありますが、上記に対してダンマルの特性に当てはまるのは「②美しい艶」「③艶の程度の調整が効くこと」(①は完全な透明というより、わずかに黄色味のある透明)のような具合。これに対し、パラロイドB72は、「①透明である」「②つやの程度を変えることができる」「④変色しにうい」「⑤黄変の度合が少ない」ということに当てはまります。反面、実のところ、このパラロイドB72の艶の在り方は、非常にプラスチック的で、絵画のワニスの美観としてはあまり好まれないといいますか…。古典作品の修復においてはほとんど使われることはないワニスにはなります(ただ、これはヨーロッパあるあるかも…。結構古い論文だったかで、ヨーロッパの大きい美術館とか修復関係機関で「パラロイドB72の艶」への批判のために、「使わない」という選択がされている話も読んだことがあります)。
とはいえ、ワニスは樹脂だけからなるのではない:樹脂(個体)を溶解する有機溶剤との関係性を理解する必要性
上記は「美観」だけを問題としましたが、作業性の良さ(作業者の安全性含む)や、経年変化の度合、あるいは可逆性の良さなどを加味しますと、ダンマルとパラロイドB72は、とんとんといいますか…、どちらもよい点もあれば困った点もあるよ、ということで、そういう両者の特徴を絵画の保存修復家は利用している形になるんですね。
ちなみに、ダンマルの際立った良さは「艶の美しさ、作業性の良さ、人体への危険性度合の低さ(有機溶剤に溶解させる場合)、可逆性の良さ」があります。困った部分は「黄変しやすい」「ワニスの美しさが数十年保たない」。
対してパラロイドは「経年につよい、変色しにくい、透明感」という良さがある反面、「美観として使えないことがある」、「(人体に危険性のある有機溶剤に溶かす必要性があるため)人体への危険性が含まれる」、「可逆時に、絵画に影響性の強い傾向のある有機溶剤が求められる」などがあります。
当記事の冒頭でも、過去記事でも書いておりますが、ワニスというのは樹脂(個体)だけからなるのではなく、それを溶解する有機溶剤の存在は必要不可欠です。かつ、「溶ける(溶かす)」というのは身近な現象ながら、なかなかややこしい現象でして、ダンマル樹脂にせよ、パラロイドB72にせよ、どんな有機溶剤にも溶解するよ、というわけではありません。反面、「この有機溶剤、この系統の有機溶剤には溶解する」という特性はあります。
先に記述しました各樹脂の良さ、困った部分というのは、樹脂そのものの美点や困った点であると同時に、それらを溶解する「有機溶剤」の美点や困った点でもあるといえます。
ですので、こういった樹脂各樹脂が「どの有機溶剤、どの系統の有機溶剤」に溶解するのかという知識もないと、ワニスを理解したよということにはなりにくいんですね(いや、それだけではないですが…)。
また、今は簡単に樹脂の名前のみをご紹介していますが、どういう素材なのか、何が原料なのか、化学的にどういう素材なのか、物理的にどういう特性があるのかなども理解する必要性がありますね。
本日のまとめといいますか、反省といいますか(苦笑)
ブログ主が大学で教えていた頃の話なのですが、ブログ主は「ワニスの素材はこれ」とか、そういう教え方をしていなかったので、実は今回の記事は少し悩みました(笑)。
なぜなら、例えばですが、接着剤とか、ワニスとか、充填剤とか、いろんな場面で使う素材が被る、といいますか、同じ素材を使うことがあるためです。
これ、理由はきちんとありますよ。
ただ、「接着剤はこれ」とか「充填材の接着成分はこれ」とか、そういう教え方は危険だなと、思っていまして。
実際ヨーロッパで留学していた際も、そういう教え方はされなくて。
「どうしてそれを《その作品のワニス》として使うのか」というような「why」に学生本人が自問自答して、常にこれに自分が回答できたときに前に進めるという仕組みでしたので、いろんな「くっつく、べたべたする、接着剤的な何か」をじっくり調べながら、「その中で、こういう理由で、この作品にとり最良だから、これを選択」というこういう考え方が大事とされてきました。
それが「作品を理解する」ことであり、また「作品に適正な素材を選択する」ことだからです。
先に選択肢を狭めることは勉強にもなりませんし、作品へのためにもならない危険性があるので、遠回りではあるのですが「まず先入観を捨てて作品を見て自分で考える」って大事だと考えています。
ただ、ブログという方法の中で、遠回りというのは結構難しいなと思っての記事である旨、ご理解いただけるとよいなぁと思います。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
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