今まで実際にあった、すごく悲しい気持ちになったことですが。
ある作品の修復をした際に、講演会を某美術館でさせて頂いたのですが、その際にその修復作品の作者である画家さんのご家族さまがいらっしゃいました。そもそもにその修復作品の作者である画家さんの作品を中心とした特別展がなされていたんですね。
で、その講演会でも当ブログの内容と同じに、「修復っていうのは《壊れている→手をいれよう》というものではない」ということや、「下手に手を入れると、逆に作品を壊すこととなる」というお話をしたはずなのですが…。
その講演の後に、その美術館の学芸員さんより呼ばれ、「展示していた他の作品でも、損傷部分が確認されたので、修復していただけるでしょうか」と打診を受けました。
こういう大事なものをお預かりするという場面において、「では、持っていきます!」というわけでにはいかず。いろんな書類のやりとりを要するので、その場では「いいですよ」とだけ返答し、職場に帰って書類の作成をしておりました。
さらに数日後。美術館の方より、「画家のご家族の方が、『家族のものが、大学で絵画(油絵)を学んでいるので、絵画のこと、油絵のこと、よくわかっておりますから、家族が治します』とおっしゃるので…」とおっしゃっていました。
あの講演にはご家族さまもいらっしゃったのに、講演会で何も、ほんの少しのことも伝わることはなかったのだと、すごく悲しかったです。講演会をする意味なんて何もなかったのだと。
なぜこういう話をしているかというと、別段このご家族様が特別という話ではないからです。
今まで何度も、「作品をお預かりし、色々話をし、報告書を提出した」ような美術館博物館においても、「こういうのなら、こういう感じのことをして我々でも治せるんじゃ?」と何度も訊かれました。今まで一度も作品を修復したことがない、という館ではなく、何度も修復を経験している館で、です。
ただ、誤解してほしくないのは、こういう画家のご家族、美術館博物館の方も悪気があるわけではなく、むしろ善意であることが難しいところです。
絵画に限らず文化財の保存修復には少なからずのお金が要ります。
こういう例も嫌ですが、本来医療も多額なお金を必要とします。アメリカなんかの話を聞くとびっくりしますが。我々日本人が気楽に医療機関を利用できるのは、国民皆保険などがあるためです(他にも任意でがん保険などに入っているからとも言えます)。
現在日本においては、医療機関にかかっても、支払っているのは3割程度。さらに1年に10万円以上の医療関連支払いをしている場合は(ただし検診などは除く)、確定申告で控除を受けることができるなど、医療費においては本当にありがたい状態です。
ブログ主の経験ですと、1週間程度の入院の場合にかかった費用は10万から15万円くらいでしたので、本来は30万以上かかると思うと、保険のありがたさを思います。
逆を言えば、本来1週間で30万以上かかる、ということですからね。
これに対して文化財においては国民皆保険のようなものがありませんので、こういう「本来の3割程度の支払いでいいですよ」みたいなことがないわけです。ですので、1週間で30万とはいいませんが、割引されない金額を支払う必要がある、と思うと、金銭的な理由で修復家に任せたくともできない…、それなら自分たちでやろう!という心境なんだろうなぁと理解するのです。
ただ、本当に嫌な話ですが、修復家あるあるで、「今まで修復した作品のうち、修復せざるを得なくなった理由のうちわけは?」と聞くと、おそらく高確率で「素人が手を出したのが〇%」と回答が得られます。その素人の中に入る多くの方が「画家」です。
何度もいいますが、画家と修復家は全く違う職業です。子供を産む「母」と「産婦人科医、産婆」と同じくらい遠いです。「産婦人科医が母である」ということが高確率であったとしても、「母が産婦人科医」であることは殆どないはずです。なぜ、これが分かってもらえないのか…本当に悲しい気持ちでいっぱいです。
勿論「素人」は画家に限りません。患者を診るような気持ちで医師が作品に手を出した例も知っていますし、学芸員がやってしまった例も知っています。なににせよ、「持ち主」「所有者」がやっちゃうんですね(あるいは、所有者本人じゃない場合、大概「画家」「学芸員」「画材屋」に持ち込まれて、そこらへんにやられてしまう、というのがブログ主に知る多くの場合です)。そして真っ青になって作品が運び込まれる…。
さらに嫌なことに、元の「手を入れる必要がある…」という状態で仮に10万円程度の損傷でも、素人が触った後というのは、本当に目も当てられない状態になるので、その3倍くらいは費用が掛かる場合もあります。修復家目線でも、お金を払う立場の目線でも「やらなきゃよかった…」というのが、「やってから」発生します。
あるいは、それがリアルタイムではなく、「やってしまった人」が鬼籍に入ってから、担当者あるいは引き継いだ人が変わってから、「あいつめ~!」ということが発生します。
「なぜ専門家」がいるのか、ということを考えれば火を見るより明らかなのですが、専門性のない人間が触れば、当たり前に「ああ~…(泣)」ということは起こります。
本当に不思議なもので、大学で学生に教えている時、学生(中学高校の間に油絵を趣味などでやっていて慣れているなど)は非常に怖がって触れないんです。私も学生時代そうでした。
それはおそらくですけど、「絵画作品を手入れすることが、いかに怖いことかを授業で多少なりとも理解する」からだと思うのです。
はっきり申し上げれば、「無知であるほどに、気軽に触る」ということです。
もう一度いいます。素人が気軽に作品に手をいれようとするのは「無知だから」以外、他はありません。
その上で言えば、「無知な人が、重要なもの、大切なものに手を入れる資格はありますか?」ということです。例を挙げれば、医療資格のない人間が、他者に薬の処方をしたり、外科治療をしたりは許されていると思いますか?これが回答できるのならば、文化財や絵画、彫刻に対して「専門外」の人間が「手を入れていいのか否か」は理解できるのではないでしょうか?
ブログ主が短い期間教員をしていた理由も、こういうブログをやっている理由も、正直あまりにも日本では専門家(文化財保存修復に関わる人)以外はこういうことに関して知らなすぎる上に関心もなさそうなので、できるだけ理解を広めるために…と思ってのことです。
勿論ほんの数年でいろんなことが変わるのであれば誰も困らないと理解しているのですが、日本の文化面に関する無関心の度合のために、ときどき悲しさがあふれ、心も折れてしまいます…。
修復家だけが「修復する」ということで頑張っていてもしょうがなくて。そもそもに一般の方が「自分では触らない」「専門家に任せる」の2つだけでも最低限常識として覚えてほしい。それが、「文明社会」としての在り方ではないかと思います。
よく、スペインあたりとかで、文化財に対して素人が修復と称してやりやがった!的なニュースがありますが、日本はあれを笑える立場にはないのです。本当に。
というわけで本日はここまで。最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
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