光学調査:X線(レントゲン写真)ってなあに?②

修復を学ぶ

ここ近日、作品調査の手法の一つである「光学調査」のシリーズの記事を投稿しております。その中でも直近の記事では、「X線写真」のほんの触り程度をお話しました。

本日はその「X線写真(レントゲン写真)」について、もう少々お話したく思います。

X線(レントゲン)写真の原理についてごく簡単に

直近の記事にて、「X線(レントゲン写真)とは、物体を構成する原子量、あるいは作品を構成する物質の厚み・密度の違いなどによって、X線の吸収や透過の違いが異なるという原理を利用した光学調査」である旨をご説明しました。

上記のようなX線写真の原理の説明に関し、ものの本によっては、「X線写真」というのはX線を介して作品の画材の原子番号を記録する写真であるという言い方をしているものもあります。というのは、X線の透過というのは、素材を構成する原子番号やX線の透過する層の厚さ、そしてその密度など、X線を照射される物体(人間や生き物を含む)自体の様子と、照射するX線の強さなどに左右されるためです。

ここまで読まれて「もしかして化学の話ですか?」という恐怖を抱く人がいるのではないだろかと懸念しつつおります。そうですね、元素記号的な話がでてきますので、化学の要素があります。残念ながら「化学」への理解がないと、少なくとも文化財保存修復の業界的に、X線(レントゲン)写真を「読む」ことが難しいのです(こういうことだけを考えても、近現代における文化財保存修復関係者は、ただ「手を動かす人」ではなく、「物理化学」などへの理解など、様々な知識を持っていないとお仕事として難しかったりするんですね…)。

化学…ということで拒否反応を示されそうではありますが、もう少しわかりよいよいに説明を続けますね。

文化財保存修復よりは、医療のほうでよくよく使用されるX線(レントゲン)写真。実際撮影されたご経験のある方も多いことかと推察します。その際、よく人体の骨の部分は白く、肉の部分は殆ど写っていない状態だったりします。これはなぜなんだろうと考えてみますと(ブログ主は絵画の保存修復関係者であって医療関係者ではありませんので…)、例えば人体のお肉などはなにでできているかと考えてみますに、おそらくタンパク質などでできていると推察します。このたんぱく質の主な構成原子は酸素(O)、炭素(C)、水素(H)、りん(P)、イオウ(S)なんだそうです。これに対し、骨の主成分はリン酸カルシウム(Caイオンとリン酸イオン(PO3-4)または二リン酸イオン(P2O4ー7)塩の総称)からなるのだそうです。

こう考えてみたときに、この元素周期表で上記の元素を見て見ますと、タンパク質を構成する原子はどれもカルシウムよりも軽い原子なんですね。

周期表 – Wikipediaより

この原子の軽いとか重いとかというのは、各原子には原子番号という、背番号みたいなのがついていることに関わります。原子番号ってなあにと疑問になるかと思いますが、これは各原子に含まれる「陽子」の数を「原子番号」と言っているんですね。同じ原子番号(陽子数)を持つ原子はない、というのが興味深いところです。

さらに、原子の質量は、各原子の持つ「陽子」の数と「中性子」の数でほぼ決まるといわれています。簡単に言ってしまえば、「原子の質量を表す数」=「質量数」=「原子核内の陽子の数」+「原子核内の中性子の数」となると、高校化学の参考書には書いてありました(^^)。

原子番号というのは、元素周期表の最初(左上)にある水素(H)から始まり、そこから右に進むほど、また下に進むほどに数が増えていくことがわかります。つまり、水素(H)から始まり、右に進むほど、また下に進むほどに質量数が大きいということとなります。こういうことを元として、上記のように、たんぱく質を構成する原子より、骨を構成する原子のほうが重いという風に表現しております。

ながながと原子の話をしておりますが、なぜこういう話がX線(レントゲン)写真のお話で必要かと申しますと、一般的に人体のX線写真を撮影した場合、骨を形成する原子であるカルシウムが、タンパク質(お肉部分とかね)を形成する原子たちよりも重いことや、お肉部分にはおそらく水分とかもいっぱいあるからだろうと思うのですけど、そういう密度などの関係もあって「白い映像」として写りやすいというシステムになっていることを理解していただくためです。

ここで重要なのは、X線(レントゲン)写真のフィルム上、一緒に撮影されている原子の中で、より「重い原子」が白く写りやすい傾向がある、ということです(これは物質の厚みや密度にも関わることですので、絶対的なことでもないと考えますが)。

X線の照射対象が人体や生物だったときは、一般的にその体内に鉄や鉛のような金属は含まれていないだろうことから、比較的軽めの原子を対象に照射するX線の強さや時間などを調節して撮影しているだろうなと考えます。

文化財を構成する素材は個々の作品ごとに多種多様だからこそ、X線(レントゲン)写真撮影自体も複雑であると同時に、その撮影フィルムを「読む」ことも難しい:作品理解の重要性

このようにお話するのは、我々絵画の保存修復関係者をはじめとする文化財保存修復関係者が取り扱う物体は、人体や生物の身体のように、必ずしも軽めの原子からなるとは限らないためです。

過去の記事でも何度もお話しておりますとおり、我々文化財保存修復関係者は、ただ「作品が壊れている→手を入れよう」という脊髄反射をしているわけではなく、必ず「作品理解」というものがなされている必要があると述べました。

その「作品理解」の中には、作品を構成する素材がどのようなものであるのかを理解する必要などもあるとも過去に何度も書いております。

X線写真は、「画材の原子番号を記録する写真である」とは先に書いてはいますが、実際にはX線フィルムに各原子番号が克明に文字としてでてくるわけではありません。様々な作品観察方法を重ねた上で、「おそらくこういう素材からできている」という予測を立てた上でX線写真を観察することで確証に近づけているといった感じと考えて頂くほうがよいでしょう。

だからこそですが、文化財保存修復の世界において、X線(レントゲン)写真をきちんと読むには、そもそもにX線(レントゲン)写真の原理と、元素周期表に関する理解、そして個々の作品がいかなる素材によって、どのように構成されていて、どのような技法が使われているかといった理解がないと、きちんと読み取ることが難しいとされています。

ですので、よく学生さんなどが誤解しそうなこととしましては、「とにかくX線写真をとれば、なんらかのことがわかる」と考えがちではあるのですけれど、それを正しく読むための知識や作品を理解しようとする努力・観察が不足していると、X線写真を読むことは困難なんですね(これは多分お医者さんでも同じことで、「患者さんに想定される疾患としてこういう疑いがあるから、ここらへんを重点的に写るようにX線写真をとってほしい」とX線技師さんにお願いしているのではないかと推察しています。それほど目的に沿ったX線の撮影って難しいんですね)。

本日のまとめとして

本日は化学のお話がでてきましたので、回れ右をされている方が多いのではないかと思いつつ。

ブログ主自身、某国立大学大学院の文化財保存修復学科を受験しよう!と思った際に、試験として各顔料の主要元素を暗記しなくちゃとかがあった際に「なんで?!」と思った口ですので、「なんで化学!」と思う方のお気持ちは拝察いたします。

ただ、こういうX線(レントゲン)写真に限らず、特に西洋絵画保存修復の分野においては、化学の知識はあるに越したことはないといいますか、高校化学程度の知識は少なくとも必須になっておりますので(といいますか、高校化学が分からないと実践的なことが分からなくなってしまいますので)、もし油絵やテンペラ画の保存修復などに興味を持たれた方がいましたら、是非ともに高校化学は一生懸命勉強してほしいところです(^^)。

本日も最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

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