ここ最近、作品調査の手法の一つである「光学調査」のシリーズの記事を投稿しております。その中でも直近の記事では、「X線写真」にて絵画層に限らず、基底材や下地層などがどのように写るのかというのお話をしました。
一応本日は「X線写真」のシリーズの最後にしようかと思います(勿論また日を改めて、別の角度からお話することもあると思いますが。^^;)。
X線(レントゲン)写真だからこそ調査できる場合もある、興味深いこと
X線(レントゲン)写真を使用することで、作品の絵画層の材料や技法、あるいは作品の構造がどんなものからなるのかなどがわかるというようなお話をしましたが、絵画層に関してましてはX線写真だからこその、興味深い結果を得ることができます。
こういう話は、特にブログ主などと同年代の、油絵科志望で「画塾」と呼ばれるところで勉強していた方なんかは「ああ!」とご納得いただける話かと思うのですが、最近の油絵科希望の学生さんなんかはどうでしょうか?
いわゆる、美大志望の学生さんで、油絵を描く練習をする場合、非常にお金がかかります。実際画材屋さんに行ってみるとよいのですが、絵具のチューブ1本に1000円近くかかることもあれば、画布や木枠だって決して安くはありません。さらには、筆1本では描くことはできず。10本、きちんとした筆を購入すれば1万円を下ることはないと思います。
現代の美術系大学の中には、AO入試もありますので、もしかしたら油絵を殆ど描かないまま油絵科に入れてしまう方もいるのかもしれませんが、四芸大(あるいは五芸大)と呼ばれるところは、今でもおそらく油絵を描く試験があるかと思います。美術系の受験というのは非常に倍率が高いので(ブログ主が受験生の頃、藝大の油絵学科の場合、20の席に対して、受験生が1000人近くでした)、合格のためには、描く経験を増やす必要性があります。
とはいえ材料は高額だ、ということで、一番に何の費用が削られるかといいますと、「画布」のお金だったりします。どうしても絵を描くには「絵具」は必須の素材ですので、そこは削れない反面、「画布」は上から重ねて塗れるためです(これが油絵の特性でもあるのですが)。
こういうすでに絵が描かれている古いキャンバス(一般的に古キャンと呼びますが)を使用するのは、何も四半世紀以上前の高校生に限らず、お金のない画家さんや、もしかしたら物資のない戦中の画家さんなんかもそうだったのかもしれません(画家さんにうよるでしょう)。
そういった画布の過去を、X線(レントゲン)写真で見ることができる場合があるのです(あくまでも「現在の作品の絵画層」の下層に、別の絵がある場合に限ります)。
こういう本来、現在の絵画層を除去しない限りは観察しえない下層の絵画層の様子も、現在の作品を破壊しないままに観察できるのがX線(レントゲン)写真の強みだったりします。
X線(レントゲン)写真は万能ではない:だからこそ、様々な調査方法を使って、観察する必要がある
当記事を含め、X線(レントゲン)写真のお話を長々と書いているため、その有用性はおそらくご理解いただけるかと思います。
実際、過去の記事でもお話していますように、1つの写真で基底材から絵画層までの作品の層の情報が一気に得られるのは、X線(レントゲン)写真くらいで、他の光学調査の方法では歯がたたないでしょう。
反面、レントゲン写真さえ撮影すれば、紫外線写真や紫外線写真、あるいはノーマル写真などを撮影しなくてもよいのかというと、そうではありません。
どの光学調査においても、「得意」「不得意」というものがあります。
例えば、X線(レントゲン)写真は、病院などでも見ることがあると思いますが、「カラー写真」ではないことはお気づきになられると思います。つまり、X線写真では、「色」の再現はできない、ということです。絵画は視覚芸術で、非常に色彩と関わりがあるものであることから、「色情報」を伝えられないというのは、情報として大きな欠如を抱えています。
また過去の記事にて、炭素(C)を主とする黒色顔料のような小さな原子からなる顔料は写りにくい(像として白色の形で見えない)ことから、特に炭素を含む描画材料やあるいは土性顔料で下描きがされていても、これをX線が拾い上げることは困難です。逆に、炭素に反応しやすい、下描きの調査に向く光学調査がありましたね。赤外線写真です。なんでもできる、万能そうに見えるX線(レントゲン)写真ですが、こういう苦手も持っていますし、それを他の光学写真がカバーしていることが、ご理解いただけるでしょうか?
ちなみに、上記のようにX線(レントゲン)写真にて、下描きは写りにくいという話をしますと、「X線では全く下描きは観察できない」と思いこむ方がいるのですが、そうではありません。あくまでも方法や材料によっては観察可能です。面白いことに、X線では観察できることだと、赤外線だと観察しにくいというようなことが起こります。なににせよ、共に補いあっているのだと考えて頂けるとわかりよいかと。
あるいは、X線(レントゲン)写真においては、実はおおよそワニス層の撮影も困難です。なぜならこれも重い原子を含まない構造からなるためです(炭素からなる下描きと同じことです)。これに対し、特にワニス層の観察に優れている調査方法がありましたね。そう、紫外線蛍光写真です。勿論、紫外線蛍光写真も100%ワニスの有無や塗布の様子を映し出してくれるような方法ではありませんが。
さらに言えば、X線(レントゲン)写真は気軽に撮影できるものではありません。なにせX線を使うのですから。X線撮影機材を購入できる「財力」も要りますし、それを扱う資格(X線技師資格)が要ります。ですので、X線(レントゲン)写真は、いかなる保存修復関係者でも利用できるとは限りません。
加えていえば、歯医者さんなどでレントゲン写真を撮ると、支払いがいきなり高価になりますよね。特にデジタルではなくフィルムで撮影しているところは、フィルム代が以前より高価になっていますので、それも含めて(他は機材代や専門の方しか取り扱えないという人件費など)X線写真を使う調査は高額です。で、そのお支払いは、作品の所有者さんになりますので、所有者さんがそこまで高額にお支払いをしてまでX線写真をとりたいかなぁというと、なかなか難しいということもあります。
本日のまとめとして
今回の記事を含め、5回にわたってお話しているX線(レントゲン)写真ですが、実際の写真をお見せしないままですので、わかりにくいですよねぇと思いつつおります。
ただ、色々な報告書や、市販の本などで、絵画の調査写真が載っているものは色々ありますので、是非一度そういう本を購入されるなり図書館で借りられて、実際の写真をごらんいただけるとよいなぁと思っております(ご紹介したい本などもありますが、絶版とかになっているかもしれなかったり、高価な本だったりするので、図書館で探されるのがよいかな、と)。
色々な場で、特に大学で教鞭をとっていた際に繰り返し話していたことですが、「この方法で調査すれば、他は何も調査する必要はない」なんて、「1つで万能な調査方法」なんて存在しません。ご多聞にもれずにX線(レントゲン)写真にしても、一見万能そうでありながらそうではないのです。
それぞれの調査方法が「得意とすること」「苦手とすること」を把握して、その上で「その方法で、自分は何を調査したいのか」「本当にその方法で自分が知りたいことはわかるのか」ということを考えて実行に移してほしく思います。
というわけで大分長くなりましたので、本日はここまで。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
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