直近の記事にて、「作品を調査すること」は「作品に興味を持つこと」と書きました。
とはいえ、偏った見方、偏った視点で作品を見ることはあまりよいことではありません。
なぜならば、我々が「調査」をするのは、「自分が正しい!」とか、「今までのやり方が正しい!」という証明ではなく、可能な限り「その作品にとり正しい(適している)」という判断に近づくためです。
我々保存修復家がより適正な判断をするためには、自分の考えをフラットにするためにも、広い視野で作品を観察し、考えることが求められます。
ですので、実をいうとこの業界あるあるではありますが(そして他の業種でも当然あるあるだと思っていますが)、考えに迷う時、判断が難しい場合には、同業者やあるいは絵画の保存修復家に限らず彫刻の修復家や科学の方などに相談することはよくあります。
これは「自分は正しいよね?」という同意見を求めるためではありません。できうる限り自分が偏りを持たないよう、思いこみを持たないよう、フラットでいられるように、様々な視点を得るためにする行動です。同じ意見を伺ってホッとすることもあれば、違う意見をいただいて「はっ」と気づきを得ることもあります。
日本にいると、多数決とか、右向け右とか、そういうものを「正しさ」と思いがちだけど、「大多数の意見」が正解とは限らなくて。自分の考えに「そうだね、そうだね」とうなずいてくれるのが、本当に「ため」になるとも限らなくて。結局は「判断」するのは個々の人間であるという中で、一個人では考えつかないいろんな選択肢、いろんな可能性を「知れる」というのは、大きな機会ではあると思うのです。
最終的に判断するのは「己の仕事」ではありますが、「作品にとって最良、最適、正しい」のために、色々な視点を持つというのは非常に重要で有用なんですね。
「光学調査」の「光学」ってなあに?
と、非常に前置きが長くなりましたが、この「異なる視点」というものを、修復家の思考とか個人的観点関係なく持てる調査方法があります。
それが「光学調査」です。
聞きなれない難しい言葉ですね。ちなみにブログ主が子供のころ、「光学」という言葉が「眼鏡」のCMで使われていたと思います(地方の限定CMかもです。汗)。
さらに、デジタル大辞泉にて「光学」を見てみますと、「光の現象・性質を研究する物理学の一分野」と出てきます。
こういう言葉への理解から、「光」あるいは「光の現象」を用いて「調査」することが「光学調査」であることが薄々伝わるとよいなぁと思います。
具体的には「光学調査」ってどういうことをするの?
さて、過去記事の復習となるのですが、我々人間が物を見るには、最低限必要なものが3つあります(正確には4つですが)。お覚えいただいているでしょうか(^^;)。
まず一つ目は「見るべき対象」。
二つ目に「光」。
最後に「目」です(4つ目は「脳」です)。
我々人間は、光が「見るべき対象」に当たり、その「見るべき対象」から固有の光が反射して、目に光が届くことにより、物体を認識しています。
ただ、この時重要なのは、我々が「物を見る」ときに利用しているのは「可視光線」と呼ばれる光に限定されます。
「可視光線」というのは、人間が「肉眼」で感じることができる波長域の光線を指します。おおよそ380nm~780nmと言われる波長域ですね。
大事なことは、「可視光線」というのはあくまでも「人間が」という主語に対する限定域を示していまして、「いかなる動物」においても、というわけではありません。
この波長の長短によって、我々の目や脳において、「赤」や「青」のような色味が感じられているというのが、我々人間が色彩を感じる仕組みの一つです。
こういう説明の仕方をしますと、「世の中」には「可視光線」だけではなく、人間が感知できない「光」「波動」というものがあるのだ、ということが薄々気づかれることと思います。
そのとおり。「光学調査」というのは、「可視光線」に限らず、普段我々の「目」のみでは認識し難い光などを利用して、作品への多角的な調査を実施する方法です。
この「光学調査」という方法を用いる場合は、多くの場合「写真撮影」という形で実施がなされます。ですので、例えば調査研究機関や、文化財保存修復関係の会社などでは、「中型カメラ」のような、一般的個人がなかなか持っていないタイプのカメラ(あるいは機材)を所有していることが多いです。ですので、一般的に大学などの教育機関で文化財の保存修復を学ぶ際は、日本の場合はカメラの取り扱いなんかは必須事項だったりするんじゃないかな(ヨーロッパの場合は、私が留学していた王立大学においては、「机上」のお勉強はやりましたが実際に中型カメラなどを扱う学びはなかったので、教育機関次第かもしれません)。
ちなみに「光学調査」に分類されるものとしては「ノーマル写真」、「マクロ写真」、「ミクロ写真」、「側光線写真(斜光線写真)」、「紫外線写真」、「赤外線写真」、「X線写真(レントゲン写真)」、「クロスセクション(stratigraphie)」などが挙げられます。
全ての作品の調査において、上記の方法全てを用いるわけではありませんけどね(^^;)。次回以降はこういった光学調査についてのお話をもう少し続けていこうと思います。
本日のまとめとして
おそらく、当記事を読まれている方なんかは、人生で1度や2度程度レントゲン写真などを撮ってもらった、あるいはそういう画像を見たことがあるという方が多いと思うのですが、レントゲン写真というのは、同じ人間をうつしていても、普段の自分の身体の見え方とは違って見えますよね。
レントゲン写真は、あくまでも一例ですが、「確かに同じ物体を、普段とは異なる視点から見ることができる」とご納得いただけると思うんですね。あ、でもただ「面白から」とかでレントゲン写真を撮っているわけではありませんよ(苦笑)。
こういう「光学調査」を使う理由としては、それらの中の多くの方法が「非破壊的に調査ができる方法」だからです。つまり、作品を傷つけずにいろんな角度で作品を調査できるという利点を持っているから使っている方法です。病院でも、まさか人間を実際に輪切りとかにして診察するわけにはいかないから、CTとかを使っているのと同じです。
あの医療で使うレントゲン写真とかが出てくると思うと、保存修復のお仕事って「壊れているから、手をいれよう!」という短絡的なお仕事ではないんだな、というのがじわじわと伝わったりするのではないでしょうか(^^;)。
というわけですでに結構長く書いておりますので、本日はここまで。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
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