卒論に限らず文章を書く時際、文法的にはこれに注意!①:主語は必ずつけよ

修復を学ぶ

ここしばらく「卒論」関係のお話を書いておりますが、「卒論」のような文章を「急にうまく」書くことは難しいので、大学に入ってから連綿と書かされるであろう「レポート」などの段階から「これに注意せよ!」というお話をしようと思います。

勿論、学生さんのレポートおよび論文を読んで、「あちゃー」と思う部分は多々ありますので、大体は卒論って少なくとも1度提出されたうえで、「おかしい部分を直せ」と修正箇所指定がされて、それを直して再提出になる大学が一般的なのかな。で、ブログ主も一応大学で教員をしていたので、ブログ主自身が教員として思っていたり、当時の同僚も同じことを言っていたので、共通のお悩みがあるんだなぁと実感したことを今回書くのですが、「教員が修正したいのは、論文の内容であって、文法みたいな基本の基をしたいわけじゃないぞ~!」ということが言いたい(苦笑)。

ただね、ブログ主は卒論関係の授業で「文法」に関する授業も多少していたので、大体の学生さんは理解すると意識して、自分で改善しようとしているのが見えていたので、「お伝えしたら、できるんだ」という実感があることも加えて、ここでお伝えする旨ご理解ください。勿論急にうまくなることではありませんが、まず意識することから始まることですし、慣れれば誰でもできることですから。

その上で、文法上注意してほしい点は以下2つ:

  • 主語を忘れるな
  • 接続詞を上手につかえ

以上です。当記事では主語関連のお話を。

主語を必ずつけること

面白いことにこの「主語を忘れるな」というのは、ある種日本語独特の注意点だなぁと思います。だって、普段我々日本人はおおよそ会話などにおいて主語抜きで話していますから(ですので英語を習い始めると、常に主語がついてくることに戸惑う)。

あるいは、無意識的に自己都合で主語を付けたり付けなかったりして意思表示をしていたりもしています。すなわち、「主語」を付けるととたんにふんわりした雰囲気の内容が、「責任の所在」的なものが明らかになるような感じになるので(会話の内容がフランクでプライベートなものでも)、ぼかし文化の日本語で、責任の所在を不明瞭にしたいときには「主語抜き」ってうってつけなんですよね(苦笑)。

しかし論文(およびレポート)は逆で、明確な主語が必須です。論文(およびレポート)は曖昧文を嫌うからです。とはいえ、日本人の場合「主語ってことは、すべての文に【私】を付けるのか?」ということを考える方もいますが、そうではありません(英語のように便利なItみたいな単語が日本語にはないですからね)。でも、「主語を必ずつけろ」というのは、そういう点で難しいのかもしれませんね。

日本の国語の授業って、おそらく「日本語」という言葉の形態のせいか感想文のような作文授業は実施するわりに、論文形式の文章を「書かせる」経験が少ないので急に「論文て!」となるのは、何も現代の学生の皆さんだけのことではありません。ブログ主世代の人間だって似たり寄ったり。

ですので、以下どうやったら「主語抜き」文章を改善できるのかな?ということを以下に書いてみようと思います。

主語抜き文章脱却のために

単純に「主語抜き文章はやめてね」といっても、なかなか改善は難しいので、ブログ主が教員をしていたころは、学生に次の3段階でやってみてと言っておりました。

①まず主語とかうるさいことは置いておいて、やるべき文章を書いてみる(レポートでも、要旨でも)

②①で書いた各文(「。」までの文)に、「主語に接続する助詞」がついているか確認する

③②の文章内で「主語に接続する助詞」がついていないものは主語がない状態なので、その文章に「主語(および主語につく助詞)」をつける

この3段階で実施するとやりよいかと思います。

なぜなら考えなければならないこと(文章の構成、内容、文章自体の美しさ補正など)全てを同時に全部やることは難しいからです。

ですので、まず自分がどういう内容の文章を書きたいのかなということを書いてから、何回か推敲するとよいのです。…え、面倒ですって(苦笑)?でもね、どんなにうまい文章を書く人も、レポートを一発書きする人はいません。

よくブログ主が学生にお話していたことですが、ブログ主自身、学会発表の要旨などは少なくとも10回以上推敲します。また、何かで読んだ話ですが、海外に論文を出す医療関係の方なんかの場合、10回の推敲とかで収まらず、数字は明確に覚えていないのですが、ブログ主もぎょっとした回数を推敲されていました。文章がうまい人は、単純に慣れているからうまいのではなく、何度も直して「読みやすいかな?わかりやすいかな?」と気遣いをしているから読みやすい文章だったりするんですね。

幸いに今の学生さんはPC上でレポートでも要旨でも卒論でもかくわけで、手書きではありません(ブログ主が十代のころは、手書きだったなぁ…。書き直しが死ぬ思いだったわ…)。順序としては「何を書きたいのか → 構成を見直し → 同じ内容でなんどか直して → 構成などに問題なければ最終的に文法などの見直し」 のように何度も見直して、場合によっては「勉強している専門と関係ない人(親兄弟、他専攻の友達など)」に読んでもらうと、客観的な視点で直すことができます。

だからこそですけど、ぎりぎりの状態で書かないということも重要ですね(苦笑)。なんどか見直しできる時間を必ず確保してほしいところです。

主語につく助詞を覚えておこう

先の項目②にて、「各文に主語につく助詞があるか確認する」とありますが、そもそもに「主語につく助詞」が分かっていないと「なんのこっちゃ」ですね(苦笑)。

ですので、ここで必ず理解している必要があるのは主語につく助詞です。ちなみにブログ主の記憶の中では中学国語で習う内容ですね。おそらく論文に頻出する主語につく助詞は「は、が、も」あたりでしょうか。「私【は】」とか「あなた【も】」みたいにつかう助詞です。なお、主語につく助詞はほかに「こそ、だって、さえ、だけ、の、まで」もありますが、主要なのは先の3つ。これらのいずれかが文頭にあることを必ず確認しましょう。

まずこれさえできれば、主語抜き言葉関係の半分くらいはクリアできて、先生の手直しの手間が省けることでしょう。

あ、あと、主語に対して述語が一致していることも大事ですので、ここのチェックも忘れずに。

本日のまとめ

ブログ主はもともと国語が好きだったからか、当時の先生の教え方がよかったのか、こういった助詞についていまだに記憶していて(なんなら古典のほうも主語の助詞、覚えいる。笑)、逆に今の学生に「中学国語で習う内容だけど」と説明し始めるとびっくりされて困るということが教員をしていたころの日常でした(苦笑)。

ただ、言いたいこととしては、わからないのはいいんです。「今、わかんないんだなぁ」と学生本人が理解できればいいんです。それは「今」の話で、「将来的」に分かばいい話ですから。それが「学生中」じゃなくても、お仕事で企画書でもなんでも書くときに役立てばよくて。「わからない」という時点からスタートすればいいだけのことです。

また、そこで一度わかるところまで戻って勉強できればなおよい(ちなみにブログ主は理系が苦手ですので、理系関係をわかろうとするとき、高校の参考書などに戻ります。笑)。

一番困るのは、「できない自分」をなかったこと、見なかったことにすること、「一歩」でもいいから努力を試そうとしないこと、かな(やってみて、それでもできないってことはあるので、それはそれで「自分のできない」が分かってよかったねという話なので、いいんです。でも、「どうせできない」と諦めて、やってもみないというのはどうかなぁってことです。同じ「できない」でも、試せた自分に誇りを持ってほしかったり、「できない」中でも「過去の自分にはできなかったこと」もあると思うので)。

とにかく自分自身が「わかる」「わからない」にせよ、「できる」「できない」にせよ、実際に卒論などを「書いてみない」ことにはわからないことですから。「怖い~」とかなど思わずに、とにかく書いてみましょう。あとで推敲すればいいことですから。恐れずに。何も文章ゼロだと先生も指導のしようがないですが、とにかく何か文章があれば、なにか指導もできようものですから(笑)。頑張って。

というわけで本日はここまで。最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

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