絵画の保存修復:よくある誤解

修復を学ぶ

自己紹介のページにて、ブログ主の「絵画の保存修復」にかかわる略歴が書いてあると同時に、10代最後から20代頭の頃、最初に卒業した学部が「油絵科」であることも記しております。

いわば、最初の学位は保存修復のほうではなく、アーティストとして制作するほうの学科としての「油絵学科学士」を取得したわけです。

その上で、本日お話するのは「保存修復」に関わるよくある誤解、についてです。

絵画の保存修復に関して抱かれがちな、「あるあるな誤解」とは?

「絵画の保存・修復に関わる誤解」の鉄板中の鉄板事項があるため、実のところブログ主は「最初の出身学部は油絵科」というのを控えてきました。

なぜならこのブログ主が「描いている学科出身」ということによって「鉄板の誤解」の利率が爆上がりするためです。ですので、リアルの場合、例えば大学で教えていた際に、学生に自己紹介する際は非常に気を付けて説明しておりました。

でも、こちらの説明も十分ではないのでしょうね。現行の油絵科の学生さん、あるいは油絵科出身で「絵心あります!」という方に説明してもお耳をお貸し願えない、あるいは、自分と似たところだけをピックアップされてしまうということで、逆に誤解が広まるような気がしております(涙)。

さて、ここまで長々書いている「絵画の保存修復に関する誤解」の鉄板とは何かといいますと、「お絵描きする仕事」とか、「芸術的個性を要する仕事」というものです。

これに関しては「なぜだろう」と長年考えてきたのですが、あくまでも個人的見解としましては、一般的にネットニュースなりTVなどで西洋絵画保存修復の話が周知される時というのが、

「うわー、やっちまったな。上から塗りまくってくれちゃったな」ってのばかりだからでしょうか…(でもこれは、正規の修復家以外の方がやったからの結果なんですけどね…)。

誤解に起因した更なる誤解:実はこれも作品破壊の原因にもなっている?!

だからこそなのか「私は大学の油絵科にいた(いる)から、自分の絵は自分で手入れできる」という方がいますが、実はそれこそが作品を壊す第一歩

「絵を描く(生産する)」と「修復する(処置をする)」は大きく異なる所作であり、根本的な考え方がまっっったく異なります。

これは特に、私自身、最初の大学は、普通に油絵科(絵を描く専攻)にいましたので、「絵が描ける=修復できる」では決してないことは断言できます。繰り返します。ブログ主の油絵経験は、修復に転向する以前で10年ものでした。それでも、たとえ絵が描けても、修復を学ばない人が、作品の治療に当たることなんて、決して、声を大にして、決して、できないのです

わかりやすくいいますと、「自分は油絵で絵を描いてきたのだから、自分で修復できる」という言葉は、

「私はこの子(息子・娘)を生んだ母親だから、この子が病気をしようと、ケガをしようと、私がすべて対応できます。だって私が生み出したもので、私が全部わかりますから」

とイコールな言葉といえば、お分かりいただけるでしょうか。生産者だから、自分で処置できるという考えにおいてはこんな感じ。

でも実際、生体が病気になれば「医療の専門家」に頼ります。なぜなら、すべての子供の親が「処置の専門家」というわけではなく、場合によっては命を失わせてしまう危険性があるためです。「医療が人体を治す専門家にしかできない」ことが当然ならば、「作品の処置も、作品を処置する専門家にしかできない」ことも当然なのですが、ね…(^^;)。

もっとわかりやすい例だと、タトゥーを入れる職業とそれを消す職業が違うのと同じといえば、わかりよいでしょうか。

「タトゥーを入れる人」は、ある種上手に絵が描ける人ですね(時に、びっくりするような笑えるタトゥーの画像を見ることはありますが)。

タトゥー屋さんは、実際自分がどういう素材を使って、どうやって色を入れているかは知っている。でも、色をはずすことをやっているタトゥー屋さん、いませんよね。

彫る人と、ケアする人は、違います

あとよく油絵科の「学生」さんに限定していわれるのですが、「修復家に触られるのは信用できないから、自分でやる」と。

このときにおそらく油絵画の学生さんの脳裏には、「修復家は上から油絵の具で塗るのが仕事」と思っているのだと思います。

でも実際のところ、「油絵on油絵」「水彩on水彩」みたいなこと、修復家はしません。だって、将来的に取れなくなるじゃないですか(苦笑)。

また、オリジナルの「画家さんの手による作品」が覆い隠されちゃって意味ないですよね。

なんていうか、我々の仕事は、そういう「上から絵具を塗る仕事」と思われているようで、だからこそ「自分の絵は、自分が何使っているかわかっているから、何かあったら『自分で上から塗る』」と考えているのかなと思いつつおります。

でも実際の我々のお仕事は、作品の上から絵具を塗るお仕事ではありませんし、「お絵描きをする仕事」ではありません

本日のまとめ

実は、私自身が元は油絵科出身ということで、「保存修復科」のある国立の大学院を受ける際に、「ここは絵を描くところではないから、やめたほうがよい」と何度も当時の教員(恩師)に言われました。「絵を描いている時間など、決してないから」とも言われました。また、それは真実でした。恩師は厳しい方でしたが、反面嘘をいう方ではなく、誠実な方でした。

絵画の保存修復を学んだり習得する上で、勿論「絵が描け」たり、「絵を描いてきた経験がある」ほうがよくはあります。しかし実際は「絵を描く職業」ではないというのが、保存修復の仕事だったりします。

ですので、問題が発生した作品を、知識も技術もない方が補修しようとすることは是非おやめ頂いて、相談するだけでも是非プロにご連絡いただきたいものです。

また、将来的に「絵画の保存修復関係のことがしたいんだー!」という方も、「絵を描くのが好きー!」という方の場合は、「絵を描く仕事ではない」ということを前提に、保存修復関係の本を読んでいただいて、「イメージのみで進路を選ぶ」ということはなさらないようにしていただけたらよいかなぁと思いつつおります。

少なくとも現代の「絵画の保存修復」においては「物理化学」の知識が歴史・芸術の知識とトントン程度に必要なので、ね。

この誤解については次回にもう少し続きます。

最後までお読みくださり、ありがとうございます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました