絵画を断層状態で観察する:「前膠塗り(下膠、目留め)」ってなあに?

修復を学ぶ

先の記事において、油彩画(テンペラ画含む)は、多くの場合複数の層構造からなるよ、というお話をしました。

また、先の記事では、その中でも「支持体(基底材)」についてほんの少しだけ突っ込んでお話をさせて頂きました。

本日はこの図の「前膠塗り(下膠、目留め)」について軽く説明をします。

絵画における「前膠(下膠、目留め)」ってなあに?

この「前膠(下膠、目留め)」は支持体と地塗りの絶縁を目的として支持体に膠駅やカゼイン溶液の糊、あるいは合成接着剤的なものを塗布したものを指します。

ですので、名称として「膠」という文字が付きますが、必ずしも塗布されているのが「膠」と限定されているわけではありません。

とはいえ、合成のものが出てくるのは近現代の話ですし、現代でも高級な市販のキャンバスには合成のものではなくて、ちゃんと膠が塗布されているんだっけな。

この層がきちんと塗布されているのか、あるいは素材はなんだろうなということなどによって、作品の「支持体(基底材)」が膨張収縮しやすいのかそうではないのかとか、「支持体(基底材)」が酸化しやすい状態なのかなど、一般的には目で見て鑑賞する部分ではありませんが、重要な役割をします。

「前膠塗り(下膠、目留め)」があることで、どんないいことがあるの?

この前膠を塗布することにより、絵画にとってどんな利益があるのでしょうか?例えば「支持体(基底材)がキャンバス(布、画布)であれば、織り布の糸目を固定して、布に多少の固さ(強さ)を出すことができます。

なんていうんでしょ。サラリーマンの方のカッターシャツに糊付けしないとへなへなだったりしますけど、あれに糊付けするとピンっと、パリっとしますよね。なんか擬音ばかりですが(^^;)。

お洗濯するときと、糊付けの仕方は違いますけど、そういう固さがあると、まず、制作がしやすいです。

通常、市販で油絵用の画布を買うときって、下地付きものを購入する方が断然多いかと思うのですが、前膠や下地がついていないただの画布を木枠に張ったり、あるいはそのまま絵を描くと非常にやりにくいです。

ま、そういう描き易さの話だけでなく、木枠に張りやすいということは、画布の弛み易さを軽減してくれるので、保存的にもよいですね。

また、保存上では、支持体(基底材)と、前膠(下膠)の上に来る下地の両者の接着を強化してくれる存在でもあります。

ですので、前膠(下膠)がちゃんとしたものである(あるいは基底材や下地にとって相性の悪いものでない場合)、下地が支持体(基底材)からぱらぱら剥がれる危険性が低くなるといえます。

さらに保存上の意味合いでは、特に支持体(基底材)が布や紙である場合、下地や絵画層に含まれる油が、支持体(基底材)の繊維(布や紙は繊維からなるので)に直接触れたり、浸透しにくくなることから、キャンバスや紙の酸化・劣化・脆弱化を防ぐ役割があります。

ちなみに、実際のところ紙に油絵という組み合わせはおすすめできる素材ではないのですが、日本を代表する画家・高橋由一の《鮭》など、紙の上に描かれているにも関わらず、100年以上の時間を経ても残っているものもありますので、以上上記においては、支持体(基底材)の中に、布だけでなく、紙も入れています。ただ、繰り返しますが、紙は油彩で描くための支持体としておすすめできる素材ではありません。

また、作品の支持体(基底材)が布(キャンバス、画布)の場合の前膠(下膠)の状態(塗布の有無)などによって、作品の状態や美観は変化します。

すなわち、画布の糸目というのはどの作品も同じというわけではなくて、糸と糸の間にものすごく間があるものもあれば、糸の糸の間がきちきちに締まっているものもあります。

この糸と糸の間の大きさ毎に、前膠(下膠)の塗布の難しさは変わるのですが、ちゃんと「塗膜」として塗布しないと、上記のように画布の糸が絵具や下地の油を吸ってしまって画布の脆弱化を招くだけでなく、場合によっては画面(絵画層)に求められる艶が部分的に失われる危険性もあるでしょう。

さらに、艶のない油絵の絵画層というのは、比較的脆弱な傾向がありますので、作品自体の「壊れやすさ」などにもかかってきたりします。

また、上記では支持体(基底材)が紙や布の場合としましたが、油絵における支持体(基底材)に最も多いのは布、あるいは木材(板)です。

ですので、板が支持体(基底材)である場合はどうかといいますと、この板の上に前膠(下膠)を塗布することは非常に有用となります。

というのも、木材(板)の場合は、その内部に樹脂が残っている場合があり、それが下地層を経過して、絵画層まで届き、美観が損なわれるということがゼロというわけではありません。

(ちょっと例としては異なりますが、とある個人が作さんの絵画作品を本棚で本を立てるような形で保存していたところ、作品画面に長期間木枠が触れていたことで、木枠からの樹脂によって作品が変色した例があります)。

支持体(基底材)が木材(板)の場合は、この前膠(下膠)があることにより、そうった樹脂などの滲出を前もって防ぐ役割もあります。

本日の簡単なまとめ

このように、前膠(下膠)というのは、絵画作品鑑賞時に「いい前膠ですね~」などど楽しむものではありませんが、作品保存のポテンシャルを左右する重要な存在であることを、すこしご理解いただけると嬉しく思います。

本日は以上にて。最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

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