光学調査:マクロ写真ってなあに?

修復を学ぶ

直近の記事にて、作品調査の方法の一つ、「光学調査」の中でも、「側光線(斜光線)写真」について少々お話しました。

本日は「光学調査」のお話の続きで、「マクロ写真」についてお話します。

マクロ写真ってどんな写真?

マクロ写真とは、本来の被写体よりも大きく拡大して写す方法です。

一般的に、特に現代の絵画作品なんかは、市販の木枠に画布を張ったものに絵を描いていることが多いので、作品全体を写真(報告書用の写真や、あるいはPC画面上で見る写真)に納めると、おおよそ本来の大きさよりも小さく写ることが多いです。特に、展覧会などに出品された作品、壁画、掛け軸なんかの類を本来の大きさ通りに納めようとすると大変ですね。

これに対して「マクロ写真」は、肉眼では見たいものの観察が困難な際に非常に有用性を見せる撮影方法となります。小さなものを大きく写すわけですからね(^^)。

具体的にどういう時に役立つ観察方法なの?:損傷要因を観察する場合

マクロ写真も他の光学調査写真と同様に、作品個々によって「ここを撮らなくちゃ!」という部分が異なったりするのですが、どの作品にも共通しそうな例はいくつかあります。

その例の一つとして、絵画作品に関わらず、文化財への損傷要因の一つ「生物被害」の問題というのがあるのですが、さらにその「生物被害」問題の中に「虫害」というものがあります。

「虫害」ってなに?といいますと、文字のままに、「虫によって発生した害」なのです。具体的には、虫が作品自体を喰べてしまうことをはじめ、モノを食べれば排泄するわけですから、「虫のフン」が作品上に落とされたり、あるいは生きとし生けるものはいつか死するため、その死骸が作品上に残っている状態などを指します。

虫が作品を喰うのがいけないのは簡単にお分かりいただけると思うのですが、フンや虫の死骸があることの何がいけないのか。当然衛生上、不潔になってしまうのもそうですし、それらによって作品の美観が侵され、場合によっては作品の物理的劣化を促すことがあることを考えるとそのままにしてよいものではないことはお分かりいただけると思います。

あるいは、そういう虫のフンや死骸があることで、別のより大きな害虫あるいは他の生物被害を呼び寄せることがあります。なぜならそれらは、他の生き物にとって「エサ」となりうるからです。

大きな生き物が来れば、それらを食らい、またそこにフンが排出され、より大きなしたいがそこにでき、そしてさらに大きな生き物を呼ぶ…という連鎖が発生するかもしれません。あるいは、逆に小さな生き物であるカビが発生し、害虫のフンや死骸を糧として分解していくかもしれませんが、それらがそこから作品にまで被害を広げる恐れもあります。カビの害というのは、西洋絵画に限らず、紙本を基底材とする作品にもよくよく発生するのです。

小さな生き物のフンや死骸なんて…とは結構思いやすいところではありますが、それらを放置することで後々発生するかもしれない更なるリスクを考えると、状況が軽いうちに対処することは大事ですね。

また、先に書きましたとおり、生き物自体が作品を構成する素材を食べてしまう、あるいは害してしまうということもあります。よく紙を基底材とする古文書などが虫に食べられていたりしますが、そういう害は紙を基底材とする作品にのみ発生するわけではありません。

上記の被害を踏まえた時に、特に生物自体の死骸がある時などは、それらをマクロで撮影して、その特徴から「どういう虫(生き物)による問題か」という「問題要因」を明らかにする必要があります。

こういう「この虫の名前はこれだ!」みたいな、そういう作業を「同定」というのですが、正直いいますと虫の同定は専門家じゃないと詳細に関しては困難ではあります。でもおおよその見極めをするのとしないのでは対策が取りづらかったりしますからね。そういう「どうしてこういうことが発生したのか」とかあるいは「どういう環境にこの作品はあったのか」などを理解するためにも、こういうマクロ写真などによって、小さな生物のおおまかな同定をするんですね。

具体的にどういう時に役立つ観察方法なの?:作品を構成する素材への理解や、作品のアイデンティティを理解するために

あるいはマクロ写真は先ほどのような「損傷」の要因を観察するためだけでなく、作品のアイデンティティへの理解のためによく利用されます。

具体的な例としては、木材を基底材とする板絵の場合に、板に対するクオリティの評価(膨張収縮しやすいかどうか、脆弱化どうかなど)を見る際に、マクロ写真を撮ります。この板への評価ができると、「どうしてその作品が壊れたのか」や、「今後作品を保存するための注意点」などにもある程度繋がってきます。

こういう「素材を観る」ということは板絵に対してのみ実施するのではなく、画布においても同様で、画布の織りを観察することで、どういった個性を持つ基底材であるかということに繋げていきます。

ただし上記のような「基底材の個性、アイデンティティ」のような部分は、あくまでもマクロ写真だけで断言できるものではなく、色々な調査を総合して考える部分ですので、そこらへんは誤解なきようお願いしたく思います(ぺこり)。

他、西洋絵画(油絵)に限定される観察かもしれませんが、ある作品にワニスが塗布されていることが明確である場合、そのワニスが「オリジナル(画家の意志のものである、あるいは画家自身の手によるものである)」なのか、あるいは「非オリジナル(画家の意志に反するものである、あるいは画家以外の手によるものである)」なのかを考える必要性があるので、調査の一つの方法としてマクロ写真を使うことがあります。

なぜ「オリジナル」か「非オリジナル」かということを考える必要があるかといいますと、我々保存修復家というのは、原則として「オリジナルに関わることができない(オリジナルに手を出すことができない)」ということが決まっているからです(とはいえ、これも油絵関係あるあるではあるのですが、ワニスに関しては、その実際として難しいことがあり、それに対する判断は本当に修復家によって分かれる部分であるのが実際かと思います)。ですので、まず「どこまでがオリジナルであるか」という判断ができることが非常に大事となります。

ただし、あくまでも「マクロ写真」のみで断定できる話というのは、どの調査でもありませんので、「マクロ写真」以外にも色々な調査を実施した上で、総合的な判断が求められるということが非常に重要な部分だったりしますね(^^)。

本日のまとめとして

このように、「マクロ写真」というのは全体的に人間の目の機能では十分に観察することが困難である部分を補足してくれる、非常に有用な観察方法です。

言ってしまえばリアルタイムであれば虫眼鏡などのレンズがあれば観察できるのですが、「ああ、あれなんだったっけ?」といつでも作品をひっくり返したりなんだりできるわけではないので、「記録」としてその場に作品がなくとも「写真」が残っていることは非常にありがたいことなんですね。中には非常に脆弱な作品もあり、気楽に作品を裏返したりなんだりできないものもありますから。

「マクロ写真」という観察方法(記録方法)の特徴としては、作品のごくごく一部を大きく拡大するということですが、逆に作品全体の記録を求める場合には困難ということができます。

マクロ写真は、実際写真家の方たちが作品としてもよく撮影されているので、「どんんな写真かな」ということを想像するのは難しくはないですよね。

というわけで本日はここまで。

最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

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