前回の見直しとして
前回の記事にて、「絵画の保存修復」のお仕事は「お絵描きする仕事」や「芸術的個性を有する仕事」という誤解をされることが多いのですが、そうではないよ、ということを書きました。
もっと明確な言い方をすると、西洋絵画の保存修復は「元の絵の上から塗るのが仕事」と思われるのかなと思いつつおります。
しかし我々のお仕事はそういうのではありません。
また、我々油絵保存修復のお仕事に関する大きな共通誤解は「絵が描ける人がなる」というものかな、と思います。
ただ、これに関しては100%の意味合いでは否定はしません(実際私が入学した修復関連の大学あるいは大学院の入学試験には「デッサン力」や「描画力」の試験がありました)。
でも、皆さんが思う「絵が描ける人」ってどのくらいのグレードを想定しますか?ダ・ヴィンチくらいだったら、誰もこの職業に就けません…。無理です…(涙)。
ただ、絵画の保存修復の専門家だっていうなら、最低限、絵具とかにも詳しくいてほしくはありませんか?
水彩で描かれている作品を見て、油絵だなぁっていう人に作品を任せるの、ちょっと心配ですね(苦笑)。
そういう意味で、「絵具を使った経験」って持っていてほしいですよね。使わないとわからない違いとかがありますからね。
そういう「絵具の特徴への理解」「美観の補完を可能にする色彩への慣れ」のためにも絵具慣れはしていることに超したことはありません。
でも、先の記事で書きましたとおり、「油絵の修復には油絵具を使う!」なんてことは我々はしません。
修復関係者以外が誤解しやすいこと、そしてその代償
そもそもに絵画の保存修復処置において「画面の欠損の補完」というのは、仕事全体においてそんなに大きな割合ではないのですが、「絵画の保存修復の仕事=美観の補完」みたいに思われているようですので、一応そこを起点にお話ししております。
さて、油絵具で油彩画の欠損部分の補完というのは、「当然」かつ「らくちん」に思われそうですが、実際は異なります。「作業をしている今」はいいかもしれませんが(実際ブログ主は油絵on油絵具で処置したことはありませんが、おそらく大分大変だと推察します)、処置からの経年を考えると、経年すればするほど手をいれた箇所の見た目がおかしくなっていきます(これは避けられないことですので、だからこそ「修復倫理」というものも存在するのですが…)。
さてこのように修復処置が美観を損なうから除去したいという必要性がでたとき、油絵の上に油絵具で処置した場合、容易には除去できないことはご理解いただけるでしょうか。また、このパターンの場合、かろうじて除去が可能であっても、オリジナルの作品を損傷させる危険を伴うほどに状況は困難にったり、多大な処置時間がかかることから、当然として処置費用がものすごくかかる結果となります(実際、我々の仕事のある程度は、こういった「やってくれちゃったな」に対する処置ですので、「修復家以外が作品の処置に携わらない」が、まず作品を守る第一歩なのです)。
ですので実際の修復では、今行った修復が「美観」を損なわないとともに、経年してもできうる限り変色などを起こさないもの(長くその機能を果たすもの)を選択する必要や、また後年修復処置を除去する必要がでた際に、オリジナルの作品を壊す危険性のない(あるいは危険性の少ない)素材を使うことが決まっています。
修復の知識のない方が「自分でもできる」と手をいれた場合、先述の考えがないことが圧倒的多数です。ですので、結局のところ「無知」によって、最初からプロに任せていればこんなに長期の日程と高額なお金を請求されることはなかったのに…ということが発生してしまいます。
大学で実施される「模写」が求めるものとは
上記の意味では別に修復家を目指す方が「油絵具で描くことに精通」する必要性はありません。
とはいえ、油絵具とは違う素材の素材で、欠損部分の補完をする必要性がありますので、観察する力、よく見る力、素材の選別のための知識、判断力が必要とは思います。
我々絵画の保存修復関係者が作品を観察する際は、「ああ、この絵には、あの顔料(あのチューブ)が使われてそう」とか「こういう絵具の重なりからなっているな」とか、そういう絵具への慣れや、絵画の構造への理解力が求められます。
ですので、学校で保存修復を学ぶ際はどこでも必ず(日本国内外問わず!)模写をするのですが、言ってみれば、「学校の授業でやったから~」で終わらせずに、自主練、自主特訓などをすると、結構慣れるんですね。「描くこと」だけでなく、「色彩を見ること」「観察すること」「手を動かす前に構造を考えること」などなどということに。「私は絵を描くのが苦手だから」という方の場合は、圧倒的に「経験」が足りないことが多いです。「こうしたらこうなるから次はこうしよう」と「改善」や「観察」を繰り返せば、努力の度合次第ではありますが、結構改善できることだとは思います。
「色」の感覚もそうですし、「絵具」の性質にもそうですが、実際に繰り返し触らないと「実感」として分からないことがあります。
例えば車の免許を持っている方なんかは、「学科」で習っても「は?」ってことが、実習で何度かやってやっとわかったとか、あるいは、晴れて車の免許が取れた上で、実際に一人で路上なり駐車場に遭遇した際に、「あれだけ教官がうるさかったのはこれか!」と思うこととかありましたよね(苦笑)。
1度言われてもわからず、実際1度やってみてもわからず、「なんであの勉強をしたのか」を、実際の現場に出て数回目、あるいは「ひやっ」とした時に気づいたなんて方、きっといらっしゃると思います(苦笑)。
本当の理解というのは思いのほか遠く。「理解した」を思っていたことが、「実は理解したつもりだった」ことなんて、大人になるとざらだと思うのです。専門的なことであればなおさらに。
そういう意味で、「絵が描ける」人がなるのではなく(実際絵が描ける人だって、絵具のタブーとか、絵具の性質を知らない方、とても多いですから…)、「自分は本当に理解できているかな」と謙虚に「知識や経験の積み重ねること」が苦にならない人がなる仕事かなと思います。
ただ、これも修復家だけの話ではなく、どんな職業でもそうだと思うんですよ。
はじめはどんな職の人もゼロから勉強してて。中には入職した段階で、ものすごくPCが得意な人もいれば、メール以外でPCなんて触ったことがなかったという人もいる中で、それでも「仕事」としてやっていけるように「その段階から」、上司や同僚の能力と遜色ないよう必死で学んでいくわけです。今「絵が描ける人」「PCが使える人」というのも、決して生まれたときからそうではなくて、過去の練習の結果ですし。
最初から他の人と同じ能力じゃないとこの仕事はできないってあきらめるのではなく、「好きだから」「これを仕事にしたいから」「ここで頑張らないと生活できないから」理由は何であれ、「仕事として使える程度になれるまでの頑張り」をどんな職業の方もされているのと、変わりはありません。
そういう練習次第でどうにかなるものを「練習するのがやだなぁ」「自分だけ知らないとか、下手くそなのはいやだなぁ」と思う場合は、向かないかなって感じですね。
本日のまとめとさらなる誤解への補足として:修復家に最も求められるものは?
ただ、上記の書き方をすると、我々のお仕事は「手技」のみのお仕事と更なる誤解がありそうですね。
これも困ったところでして。
実のところ、これは海外の修復家の方の傾向ではあるのですけど、修復家のだいご味は「判断」にあるとされています(勿論個々の修復家さんによって考え方は異なるでしょうし、日本の修復家さんと西欧の修復家さんでは考えが大きく異なる部分もあります。ブログ主はこの点について海外の修復家さんと意見を同じくしております)。
なぜなら、作品の研究・調査に始まり、修復計画、実際の処置の全ての工程にわたって常に必要で重要なのが「適正判断」だから。
あくまでも個々の修復家さんの個人的な見解なので、業界全部の考えではありませんが、海外の修復家さんの中には、「修復計画までの段階(処置を実施する前段階)で我々の仕事の8割は終わっている」という方すらいました。
つまりは「処置は2割」だと暗に言っていて
(ただ、もちろん処置をいい加減にしていいという話ではなく、「処置はできて当たり前だから」という見地ではあるのですが。あ、ちなみにブログ主は「判断5:処置5」と思っていますし、西欧でインタヴューした修復家さんも、「判断6(ないしは5):処置4(ないしは5)」というかたが大半です)。
で、この「適正判断」っていうのは、いろんな知識はもちろん、いろんな経験とかに基づくものだったりします。
上記のように「絵具などの理解のために、謙虚に努力」するのも、「絵具への知識、経験、理解」がなければ、作品への評価やそれに対する処置素材や技法が「適正判断」できないためです。
外科医さんとか、歯医者さんは、ただやみくもにお腹を切ったり、歯を削りませんよね?まず一般的な体への理解があって、その上で損傷状態を見て、処置をどうするのかという「適正判断」をしますよね?歯を削ることにだけ長けて、「判断」のできない歯医者さんって怖いですよね。
「絵が描ける」という能力はもちろんよいことですけど、それだけじゃなんともならないという理由はお医者さんになぞらえるとよくわかってもらえるかと思います。また実際に、我々のお仕事は「絵を描く仕事ではない」ことを考えても、「なぜ絵を描いた経験」が尊重されるのかという根本をよくよく理解してもらえると、わかりやすいかと思います。
そういう意味で、我々のお仕事は「絵を描くお仕事」ではないですし、「絵が描ける人」だから就くお仕事でもないですよということが伝わればいいなぁと思いつつ。
本日も最後までお読みくださり、ありがとうございます
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