絵画を断層状態で観察する:「ワニス層」ってなあに――ワニスの「接着素材」に求められる条件とは?――

修復を学ぶ

ここ連日、絵画(主に油彩画・テンペラ画)の構造についてお話しておりますが、ようやく直近の記事にて最後の層、ワニス層まで到着しました。

本日はもう少々ワニス層について見ていきましょう(^^)。

大きくワニスの素材を分類すると:今回は主に「接着成分」の素材に関して

先の記事にて、ワニスは「美観的な意味合い」と「作品の保存(保護)的意味合い」があるとご説明しましたが、よく考えましたらそういう素材からなるのかという説明をしておりませんでした(汗)。

作品の絵画層に一様かつ美しい艶を与え、またその絵画層を守ってくれるような層はどのようなものからなるのでしょうか。

ワニスは現代の場合は通常樹脂とそれを溶解する有機溶剤からなります。例えばダンマルやマスチックのような天然樹脂、あるいはパラロイドB72のような合成樹脂を挙げることができます。時には、樹脂とは異なりますが、蝋の類が使われることもあります。

これらの樹脂を溶解させるときは、「どのような有機溶剤を使用するか」も重要な要素となります。

絵を描いている方の場合、もしかしたらダンマル樹脂は「制作上」使用していることがあるかもしれませんね。ブログ主自身、油絵科で制作をしていた頃は、ダンマル樹脂を溶解させて使っていましたし、その際はテレピンなどを使ってダンマルを溶解させているました(他の制作者でもそういう方は多いかもしれません)。しかし、この方法、絵画の保存修復家は使いません。

どうして「溶解する」のにダンマル樹脂に対してテレピンを使用しないのかなどは、説明しているとまた長くなりますので、べつの機会に「溶剤」について説明できればと思います。ですので、今回は主に「接着成分」の方の話にしますね。

話を戻しまして上記の樹脂以外のワニスの素材ですと、古めの絵画の場合(近現代の絵画、日本の油彩画以外)だと、タンパク質由来の塗布層が見られることがあります。

よく大学含め、保存修復関係の学校にきた学生が、「紫外線さえ当てれば、ワニスの有無は一発でわかる」と思いこんでいたりすることがありますが、実のところそれは正解ではありません。素材によっては紫外線を当ててもワニスの有無がわからない素材がある、その例の一つが「タンパク質系のワニス」です(加えて言うと、紫外線蛍光など、いかなる調査方法も「指標の一つ」であって、その指標一つのみで断言することは結構危険が大きいので、「紫外線=ワニス」と断言するのは結構危険が大きいことは付け加えておきます)。

実際のところ、「ワニスに何使ってるの~」と思うような作品は、数々あります。それくらい、保存修復家が思う以上に「作品の制作者」が使うワニスとして使う何かは千差万別である反面、「保存修復関係者」が使うワニスは素材も塗り方も異なることが多いので、そこは分別するとよいかと思います。

例えば某画家さんの調査をしていた際、画家さんの遺品の中に絵具類がありまして、それを見せて頂いたのですが、ワニスは全て「市販」のものでした。「市販」の、すでに液体状態で売られているワニスは、製造販売会社がその混合物や混合割合などを発表していない上、安定剤や保存料的な役割をする物質などが入っている可能性などもありますので(つまり、何が入っているのか皆目見当がつかない)、保存修復家がこういったものを使用することは危険視されているため、我々が「市販品」を使用することはありません(これは保存修復業界の規則に過ぎませんので、絵を描く方が使ってはならないという意味合いではありません。趣味で使用するにおいては非常に便利でよい商品ですので、そこは誤解なくお使いいただきたく思います)。

絵画の保存修復関係者が選ぶ、ワニスの素材の特性とは

絵画材料史を紐解くと、ワニスに使用されているものはまちまちではあるのですが、この一連のシリーズにおいてはあくまでも現在の絵画保存修復関係者が主に使用しているワニスの素材(接着素材のみ)について限定してお話したく思います。

先の記事にて、ワニスに求められる条件を少し上げましたが、さらに詳細にしてみますと、

作品の(絵画層の色などを含む見え方)を損なわないもの:透明である、美しい艶を持つ、作品の求める程度の艶を与える(艶のない絵に艶を与えるなどのミスキャストはアウト)、変色(黄変)しにくい、黄変の度合が少ない、亀裂などが入りにくい(形成されたワニス層がしなやかで、固すぎない)など

作業性がよい:一様に塗布することが可能、薄く塗布することができる(流動性が高い)、溶液の準備が簡便、材料として手に入りやすい(あるいは比較的安価)、色々な技法で塗布する選択肢を持つ、溶液濃度を自分の好みに調整可能、作業をする人あるいはその周辺にいる人など人体に影響が少ない、など

経年に対するよい耐久性を持つ:変色の度合が少ない、変色するまでに多大な時間を要する、絵画層に対するよい固着を示す(簡単に剥離しない、接着力の良さと持続性)、一度層状に形成された後層の形状を長く保つことができる(凝集力の持続)、形成されたワニス層が適度なしなやかさをもつ、など

よい可逆性を示す:絵画層に対して負担が少ない溶剤で可逆することができる、溶剤の選択肢が複数ある(あるいは除去方法が複数選択できる)、絵画層をこするなどの物理的危険性が少ない、など(ワニスの準備に関しては、瓶に溶剤を入れて、その中に樹脂を入れて溶解するが、絵画層上のワニスは「漬け込む」わけではないこと、経年していることで準備段階よりも可逆の難易度が上がることなどを考慮する必要性がある)。

などをクリアする物質を選択する必要性があります。なぜならそれらは「作品の美観」を守るとともに、作品を物理的に「保護する」ために塗布する層だからこその条件となるからです。

しかしその反面、実のところ上記を全て満たす物体というのは存在しないというのが現実です。

そんな中でも現代の絵画保存修復において、とりわけ選択・使用されている二大樹脂がありますが、どのような樹脂でしょうか?

本日のまとめとして

上記、絵画用ワニスとしての必要条件を見ますと、「うわぁ…」と思いますますよね(苦笑)。

さらに言えば、個々の作品に合った素材を選択しなければならないため、まず「作品にワニスを塗っていいのか?(倫理的に)」「作品にワニスが塗布できるのか(物理的に)?」を考えた上で、これらにGOサインが出たところで、作品の特性を考えてどうすべきかを考える必要性がありますので、「ワニス層は塗布すればいい」って部分でもないんですよね(^^;)。

処置としても、最後の最後にでてくる処置であることから、もし大きな機関とか、大き目のチームで処置に当たっている場合であれば、一番経験値が高い人あるいは責任者が実施する処置でもあります(ヨーロッパにいたときはそうでした)。それだけこの作業で転ぶと、責任が大きい処置なのです。

勿論各処置において、神経を張り巡らせていますし、どの処置も責任が重いです。それはなんら変わらないんですけど、なんていうんでしょうね、ワニスの塗布の時の緊張感って、結構特殊ですね…。

というわけで、本日も最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

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