絵画を断層状態で観察する:「絶縁層(地透層)」ってなあに②――「下地層」と「絵画層」と「絶縁層(地透層)」――

修復を学ぶ

直近の記事にて、「絶縁層(地透層)」は、その下にある「下地」の「吸収性」をコントロールするための層である、というお話をしました。

その上で、「絶縁層(地透層)」は「吸収性のある層(水性地)」の「吸う力」を、弱める(吸わなくする)コントロールはできても、「吸収しない層(非吸収地=油性地)」の「吸わない力」を「吸わせるように」はできない、ということをお話しました。

ですので、「吸収する層」の吸う力を弱めたいとか、あるいは吸わないようにさせたいとかいう時にその層を塗布するというのはあるあるですが、かといって「吸収する地(水性地)」に必ずしも「絶縁層(地透層)」があるかというとそうではないともお伝えしました。なぜなら「吸い込んでほしい!」という場合があるからです。

逆を考えると、「絶縁層(地透層)」は「吸う力」を弱めるための層ですので、「もともと吸収しない性質の下地(=油性地)」に対して絶対的に塗布しなければならないというわけでもないことはお分かりいただけると思います。

で、さらにはこの「下地の吸う、吸わない」というのは、最終的には「絵画層の美観(艶の在り方など)」や、「絵画層の保存性」と直結する問題となるので、「下地」の在り方と「絵画層」の相性といいますか、組み合わせというのは、制作上や保存上非常に重要になります。そういう意味合いにおいて「絶縁層(地透層)」というのは非常に関わり深い存在になるわけです。

吸収地(水性地、水性下地)はテンペラのためだけの下地ではない: 「絶縁層(地透層)」は、水性地の上に油彩画で描くことを叶えてくれる

さてさて。こういうお話をした後で、「吸収地(水性地、水性下地)」の上に、「油彩画」は描けない、あるいは作品保存を念頭とした上で、「水性地の上に油彩画」は避けるべきやり方である、〇か×か?と学生に聞くと、結構な割合が間違えてくれます(笑)。

特に、こういう構造のお話をする以前に、おおよそどこの大学でも(場合によっては大学院でも)、あるいは専門学校においても、修復関係の学校では必ず1年生の段階で「模写」という名目で古典技法の授業あるはずですので、「水性地=テンペラ」「油性地=油彩画」ということを覚えていると、それが尚更邪魔になってしまうこともあるのかもしれません。

上記の質問の回答としては×。「吸収地(水性地、水性下地)」の上からでも、「油彩画」で描くことはできます。

正しくは、「吸収地」が吸収する状態のまま「油彩画」で描くことは、作品の美観および保存にと不適切ですが、「絶縁層(地透層)」によって「吸収地」が「吸収しない」状態になっていれば、問題ありません。ですので、あくまでも「水性地」の上に「油彩画」が描けるか否かは、「絶縁層(地透層)」の有無と、そのクオリティ次第とはなりますが。

そういう技法の最たるものが15世紀フランドル絵画などですね。どの時代の油彩画より艶やかで鮮やかな色彩を持つ時代(および地域)ですが、これは白亜地(水性地)に油彩からなります。

Hans Memling, “Le Mariage mystique de sainte Catherine”:参照Hans Memling — Wikipédia (wikipedia.org)

なぜこういう技法を、というのは歴史的な話になり、またシリーズ的に長くなってしまうので、機会を改めて…と思います(^^;)。

ただ、一般的に水性地というと、吸い込む能力を生かしたいですので、どうしても「吸い込んでくれると作業性がよく」、さらに「吸い込んでくれても作品の保存上問題がない」「テンペラのための下地」とか思いがちかもしれないですね。

でも例えばですが、ブログ主の実体験とはなりますが、水性地の上に、墨汁(水性の描画材料ですね)で作品のデッサン(それだけで作品になるレベルで、しっかりと)をして、その上から絶縁層を塗布し、さらにその上から油彩画で描くと、油彩でそれほど描きこまなくても、ものすごく「描かれた絵!」みたいな感じに見えます。こういう「水性の技法」と「油性の技法」を一つの作品で実施するということを可能にするのも「絶縁層」です(ただし、一度「油性の技法」で描いてしまうと、その上から「水性の技法」で描くことはできません。「描くことができ」ても、将来的にその部分の亀裂・剥離の発生は免れないと考えるのが妥当かと思います)。

15世紀絵画の場合、下描きはほんとに位置決め程度のものだったりしますが、ある程度しっかりしたものもあったりもします(絵具の特性上、経年によって絵具が透明化して、下層の描画が見えるものがあったりしますので、別段赤外線などを使わずとも、下描きがしっかりしたものなど、見える場合があります)。下描きの利用の度合は、作品次第、画家次第、場合によりけりだったりしますが(あ、15世紀絵画の下絵は、必ずしも「水性」ではなく、「pierre noire」を使っていることもあります。でも、こういう素材でできている下絵を「絶縁層(地透層」で「固定」することもできます)。

逆に「絶縁層(地透層)」なしに油彩画で描くのはなぜいけないのかは、また絵画層の説明で…できるかな?シリーズが長くなりそうでしたら、また別の機会にしようかと思います(苦笑)。

本日のまとめ的なものとして

かつての学生が、もしこの記事を読んだ時、「あの試験の解答はこれか~!」となりそうですが(苦笑)。

絵画の断層図は、それ自体を暗記するのはたやすいのですが、「なぜその構造なのか」「なぜその層が必要なのか(あるいは場合によってはなぜそれが必要ではなくなるのか)」などを理解することはちょっとややこしかったりします。

なんていうんでしょ。私自身は、当ブログのプロフィールで書いているとおり、当初の大学の出身学科は美術学科油絵専攻で「油絵を制作する」専攻にいましたし、文化財保存修復という畑にくるまで10年ほど油絵具にまみれていましたので、「経験」として、「ああ」となる部分ってあるんです。

ですので、もし単純に私のブログの記事に限らず、いろんな本を読んでみても「何言っているの?」と思うようなことがあれば、色々パターンを変えて試してみると「経験」や「実感」としての理解が得られることもあるかもしれないなと思います。

そういう意味で、どういう職業もそうだとブログ主は思っているのですが、あっちこっちにふらふらした経験というのは意外と役に立つもので(苦笑)。

「無駄をしたくない」「失敗したくない」「要領よくやりたい」という気持ちも痛いほどわかるのですが、「急がば回れ」という言葉もあるとおり、「より深い理解」のために、いろんな本を読む、実際に行動するということを是非やってみて頂けるとよりよいかなと思いつつおります。

本日もややこしい話を最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

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