紙ってどんな素材⑮?:羊皮紙と巻物と冊子

修復を学ぶ

ここしばらく紙の記事を書いていますが、4つ前の記事からその中でも羊皮紙の話を書いております。

なお、3つ前の記事や2つ前の記事でも書きましたが、羊皮紙は一般的には「紙」ではない、ということを前提としてご理解ください。

また、多くの場合この羊皮紙が「絵画」に使われるという機会は決してゼロではないものの、実際「絵画」としての作品を見ることは殆どないこと。そして多くの場合は文字のための基底材(媒体)になってることから、2つ前の記事および直近の記事にて文字に関するお話をしております。

なお、当記事を含む紙シリーズの記事に関してですが、私自身留学中およびその後に個人的に興味があって調べた内容ではありますが、ブログの内容ですのであくまでもレポートや論文に利用するほどにうのみになさらないようお願いします(ま、通常ブログなどはレポートや論文の参考文献にはなり得ないので、その旨をご理解いただければ、当ブログ全体をそのような利用はしないとは思いますが…)。

また、当ブログなどでご興味を持っていただいて、自ら文献などを調べてみよう!という気持ちになっていただけるとすごく嬉しく思います。

ここまでの記事にて、あまり羊皮紙の話をしていないじゃないか!と言われそうではありますが、ここから羊皮紙の話に戻ってまいります(汗)。とはいえ、何かを学ぶ際には、「そのもの自体」を極めて調べることと、他のものと比較するということで理解を深める方法がありますので、このブログでわざわざ羊皮紙の話でありながら寄り道をしましたのは、後者の意味合いがある旨ご理解くださいませ(滝汗)。

先の記事にてパピルスは正しくは「紙」ではない旨をお伝えしましたように、羊皮紙もまた紙ではありません。

とはいえ獣皮をなめす技術は、ホメロスの『イリアス』に書かれているように、紀元前をさかのぼるほどかなり昔から知られていたとされています。実際、白色のなめした革製品は、古代エジプトや古代アッシリアなどから遺品として発見されていることからも、古い歴史を持つことは疑いがないことでしょう。

羊皮紙がパピルスと異なる点、しかも便利とされる点を挙げるとすれば、パピルスが片面にしか記載ができないのに対し、羊皮紙は両面に書くことができる、という点が挙げられるでしょう。この両面に書ける、ということや、また羊皮紙の物理的な利点として「折り曲げても破れることがない」という性質から、文字を記録し保存する方法として(形態として)、巻物から折帖をつくる書物の形態をなしていきます。

先の記事にてパピルスは折れによって破損する傾向があることから、書物としての形態は巻物状態であり、折帖には向かないものでした。勿論巻物には巻物ならではの良さがあるとは思いますが、現代の書物の多くが冊子本の状態であって巻物状ではないことを考えると冊子本のほうが利点があるのでしょう。

なお、ブログ主は幸いにして羊皮紙の色々な作品を持っている方から羊皮紙を用いた古物の例を見せて頂いたことがあるのですが、羊皮紙だからと必ずしも冊子状ではなく巻物になったものも拝見したことがあります。パピルスは巻物一択である反面、羊皮紙は必ずしも冊子状ではなく、必要によっては巻物にもできる(用途や制作者・使用者の意図に合わせて臨機応変に使用できる)と広く使えるというのはとてもよい点かと考えます。

さて、紀元前2,3世紀ごろから多く使われだしたこのような羊皮紙は、その便利さもあって、文書や書物の材料として中近東や地中海沿岸の国だけでなく、ヨーロッパ全土で遍く使用されていきました。それに従って冊子本も広まり、その広がり伴い変化し、冊子の形状が完成されていくこととなります。つまり、製本という技術が誕生し、進歩していくこととなるのです。

中世も半ばになると、僧院で写字生たちによって数多くの彩飾写本が作られるようになります。羊皮紙に文字が手書きされ、模様がほどこされ、時として細密画が描かれることにより、1ページ、1ページが装飾絵画のように美しい書物が、各地の教会において制作されました。すなわち、このころはまだ、書物は印刷ものではないことや、正しい意味合いの「紙」が使われていない、ということが重要な点であったりします。

だからこそとなりますが、この時代、「本」というものを所有できる人間は非常に限られます。例えば「聖書」必須の職業の聖職者でさえ、印刷以前のころは「聖書」そのものを見て、触れるものは限られてたと言われます(聖職者でさえ、位などによっては聖書自体をみないまま…というのは結構驚きなことかと思います)。

だからこそではありますが、紙の発明や発展、広域に広まったことや、印刷技術というのは非常に近代化において重要になってきます。これらのおかげで書物が多くの人の手に渡るようになったのですから。

現代は本当に恵まれていて、例えば毎週漫画雑誌が印刷され、販売されていますが、もしこれが1冊初任給の月収位、あるいは新卒の年収くらいであったら、誰も購入しないと思うんですよね(^^;)。そんな金額のものを毎週購入できる人間なんてものすごく限られていますからね(滝汗)。小学生でも毎月購入できるくらいの製造販売技術で、そういう娯楽の印刷物が手に入るだなんて、中世の頃なんて考えられないことですから(^^;)。

我々は当たり前のようにそういう恩恵を授かっているのだと思うと、なんだか世の中すごいですよね。

さて、今回は羊皮紙によって本の形態が巻物から冊子状へという話をしましたが、勿論ここから更に紙の本により色々発展してまいります。基底材そのものの種類(あるいは紙を構成する素材)や、その上に何を使って何かを記すかということや、またそれらの基底材をどう保存する(本にする?ペラのまま?巻物にする?どういう素材や技術で本にする?)かなど、多岐に道筋が分かれるので、紙などの学びもまた「沼」だな、と思います。巻物と一言で言いましても、日本の「巻いたもの」だけでも種類が多用にありますし、ましてや「巻いたもの」というのは日本以外のあちこちに普通に伝統的に存在しますから。その素材や技法だけでも非常に多様でしょうね。

また単純に「製本」といいましても、西洋の手製の製本(relieure)をブログ主自身、留学先で運よくわずかに知識・技術ともに学ぶ機会を得ましたが、これも多様な工程を経るので、「本専門」の修復家がいるほどです(紙の修復家が誰しも本の修復ができるわけではないですし、また羊皮紙に関しても限られた専門家のみが触れる状態です)。

そもそもに紙に限らずですが、昔はいろんな素材が今とは違って高価だったんだーと思うと、美術館や博物館、歴史資料館などで色々なものを見る目が結構変わる気がしますし、また現代というのが非常に恵まれた時代なのだなと感じられるかな、とも思ったりします。

というわけで本日はここまで。最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

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