ここ最近、作品調査の手法の一つである「光学調査」のシリーズの記事を投稿しております。その中でも直近の記事までは、「X線(レントゲン)写真」についてこれまたシリーズ的にお話してきました。
本日は、同じく「X線」という名称のつく、「蛍光X線分析」という調査方法についてお話したく思います。
蛍光X線分析ってどんな調査方法なの?
過去の記事において、《ものの本によっては、X線の透過というのは、素材を構成する原子番号やX線の透過する層の厚さ、そしてその密度など、X線を照射される物体(人間や生き物を含む)自体の様子と、照射するX線の強さなどに左右されることから、「X線写真」はX線を介して作品の画材の原子番号を記録する写真であると述べているものもある》とご説明しております。
しかしそれ以上に作品の素材を構成する原子を特定する方法であるのが「蛍光X線分析」です。
作品に対して特定の一定以上のエネルギーを持つX線を照射し、その際に照射された箇所の原子から特性X線が放出されるのですが、それを測定することで原子の種類を特定する、という分析方法です。
ちなみにこれまでは「写真」という形態をとってきましたがこれに関しましては「写真」ではありません。それどころか、「グラフ」がでてくる機材です。
この「蛍光X線分析」に対する最初の誤解としましては、この分析機器にかけると、機械によって自動的に「この素材はオーカーです」みたいな顔料の名称を教えてくれたりするわけではない、ということです。単純に、そのX線を照射した箇所にて検出される「原子」が示されるのみ、です。
蛍光X線分析に対して抱きやすい誤解
この「蛍光X線分析」は、非破壊で顔料分析のヒントになる情報を得られる店では非常に有効性があります。
しかしながら水素や炭素をはじめとした軽い元素は計測できない上、構造式を特定することもできないことから、あくまでも元素分析機器としてのみの役割をします。
その情報を「どう読む」のかは、顔料や作品を構成する素材に関する知識に依存するため、「この分析機器にかければ作業終了!」とか、「この分析機器にかければ魔法のように何でもわかる!」というわけではありません。
この分析機器から検出された元素記号から、その元素記号が示しているのは、絵画作品中の下地なのか、絵具なのかから始まり、その上でどのような顔料と推察できるかを考察する必要性があります。
また、これは文化財保存修復科学の専門家の方の言葉ですが、この分析機器が与えてくれるグラフのピークの読み方自体が経験とセンスを要するのだそうです。
言ってみれば、機械は(おそらく)誰が扱おうと一様の結果を提出してくれるはずです。しかし、その情報の取り扱いをする人間によっては、その情報が正確なものか、情報を適切に取り扱っているか、ということが変わってくる。つまり、分析機器の情報自体をくみ取るところに人間側の力量が試されるというところが難しいところです。
よく学生さんが誤解されるのは、「機械にかければ機械がすべてやってくれる」というものです。でもよくよく考えてほしいんですね。そんな状態だったら、「人間」は必要じゃないこと。専門家なんて必要ではないこと。なんのために「その専門の人間がいるのか」ということ。
機械が正確に検出してくれる結果を、どう評価するのかが人間の仕事です。
蛍光X線分析の難点をあえていうと?
蛍光X線分析は、作品を非破壊で化学的に解剖するという点において、非常に優れた機器です。
反面、先に記述しましたとおり、軽い原子は計測できないという問題があります。
ですので、ワニスや炭素を主とした下描き、木材や布からなる基底材などを検出することはおろか、顔料などでも検出できないものはざらにあります。
とはいえ、以前、蛍光X線分析機器の業者さんとお話する機会があり、最近の、高性能の機器においては「ここまで分析にできるようになったか」というくらいまで頑張ってくれる機械がでているようですので、いつかは今説明しているような「軽い原子だから」というようなことはなくなるのかもしれません。
文化財保存修復の調査は、こういった発達のおかげによる部分が大きいので、開発を頑張ってくださっている方々さまさまといった感じですね。
反面、高機能の機材というのは高額です(涙)。今となっては、業者さんがおっしゃっていた正確な価格は失念してしまいましたが、一般庶民の身としては、個人で購入するにしてはびっくり価格でした(苦笑)。
簡単に言ってしまえば、こういう機材を購入できる施設は限られますし、そんなにぽんぽんと、いつでも、どんな作品に対してもこういった機材で分析が実施できるわけではない、ということです。あるいはこういった機材を用いた調査を求める場合、結構お値段がかかりますよ、ということは予測できるかと思います(汗)。
人間に対する医療においても、問診・触診からX線、CTなどと検査のグレードが上がってくると、その機材がある病院が限られたり、あるいは検査の費用が掛かったりするのと同じと思っていただければ、理解も早いかなと思います(^^;)。
そういう意味でも、文化財と医療というのは似ているなぁと、ブログ主がお医者さんにかかる際などに思います(苦笑)。
本日のまとめとして
先の記事の「X線(レントゲン)写真」までは、「写真」という形式をとった波長を利用した調査方法を説明しましたが、本日は同じ「X線」という波長を使いつつも、「写真」ではない「分析」方法である「蛍光X線分析」についてご説明しました。
こういった分析というのは結構高度になっていまして、過去に見たニュースだと、確かベルギーの研究チームだったかが、ある作品の絵画層の下層にある別の作品の色彩を非破壊で再現した研究が発表されていたと思います(うろ覚えで申し訳ないですが)。
こういった研究は高度な機器ありきではありますが、機器に人間が使われるのではなく、機器を利用して人間が調査結果を評価しているんだ、ということを大事に考えるべきなんだなと思いますし、そのために作品に関わるあらゆる基礎的な知識というものが必要になるんだなということを改めてご理解いただけたらなと思いつつおります。
というわけで本日もすでに長くなりましたので、ここまで。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
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