ここ最近、作品調査の手法の一つである「光学調査」のシリーズの記事を投稿しております。その中でも直近の記事では、「X線写真」にて絵画層がどのように写るのかというのお話をしました。
作品の実際の写真を載せられると説明も簡単なのですが、実際こういう不特定多数の方が見るネット上ではなかなか載せられませんので、ご容赦ください。
写真なしでの説明ですと説明がややこしくなったり、長くなったりとご面倒も多いとは思うのですが…。できるだけわかりやすくなるよう工夫して説明しようと思いつつおります。ご容赦くださいませ。
本日も「X線写真(レントゲン写真)」について、もう少々お話したく思います。
絵画層の顔料の観察以外に、X線(レントゲン)写真は、作品観察(作品理解)においてどのように有用なのでしょうか?
直近の記事にて、X線(レントゲン)写真によって、実際に可視光線下で観察できる絵画層の色彩との観察などで、絵画を構成する顔料の推察ができる旨のお話をしましたが、X線(レントゲン)写真での観察でできるのはそういうことのみではありません。
例えば下地層に使われている顔料によっては、下地の塗り方なども観察することができます(こういうことへの理解のために、下地が油性下地なのか、水性下地なのか、エマルジョン地なのかの区別や、その素材としてどういった顔料あるいは体質顔料が使用されているのか、結合剤は何かなどを事前に推察する必要があります。こういった下地、水性地、油性地、エマルジョン地などについては過去記事にてすでに簡単ながら説明しておりますので、ご参照いただけると幸いです)。
あるいは、基底材の観察もできます。例えば「板」を基底材にした作品の場合、板がどのように継がれているのか(何枚の板材からなるのか、どのような技法で継がれているのかなど)を観察することができます(勿論これらは作品裏面から十分観察できる部分であることは多いですが)。
今の日本の大学・大学院でやっているかどうかはわかりませんが、海外の大学の場合、材料学(素材学)の中でも樹木や板に関する授業は結構ありまして、板が基底材の場合は観察が適正であればあるほど情報量が非常に多くなる(時代や作品の立ち位置やら、地域性やら、アイデンティティに関わる情報)ので、この素材が十分観察できるのはとてもよいですね(^^)。
板が基底材の場合は、あるいは損傷として虫喰いがあるときに、その損傷度合などもX線写真にて観察することができます。板の虫喰いに関しては、勿論作品の保存環境問題がゼロとはいいませんが、「虫にとっておいしい素材からなる」というのも一つの理由であるとは考えられるので(なぜなら虫は「おいしいものを後に取っておく」ということはせず、「おいしいもの、食べやすいものから食べる」からです)、もし他にも板材からなる作品があって、ある種の作品のみどんどん食べられているとしたら尚更、その作品の素材が食べやすくておいしいんだと思うんですよ。ですので、X線写真にて、虫喰いの状態などの度合を観察しつつどんな素材からなるのかを十分理解した上で、処置をどうするのか、今後どう保存していくのかを十分に考える必要性がありますよね。
では基底材においては板材のみにおいてX線写真の有用性が示せるのかというとそうではなくて。画布が基底材の場合でも、X線写真にて観察することはいくつもあります。ただ、画布の場合はとくに過去に裏打ち処置がなされている時に、X線写真の存在がありがたくなりますね。
これを理解するには、まず「画布の裏打ち処置」自体への理解がないとわかりにくいのですが、画布、というのは文字通り布ですので、経年によって脆弱化もすれば、なんらかの刺激によって破れたりもする素材です。
こういった経年などによって「支持体として、作品を支えきれない恐れのある画布」に対して、補強する意味合いとして、「作品の裏から別の布で支える処置」を「裏打ち」といいます。この処置は、「支持体であるオリジナルの画布に、別の布を接着剤で接着する」という方法もあれば、「支持体であるオリジナルの画布を、別の布によって接着剤なしに物理的に支える」というような方法もあります。どちらにせよ、これらは「作品を、そして本来作品を支えているはずの支持体を補強する、支える」という非常に根本的な処置である反面、共通する問題を抱えています。その問題の一つとして、「裏面の情報が失われる」というものです。なにせ、オリジナルの画布の裏面から別の布を重ねているのですから。
「絵画作品」に関しては画面が全てで、裏面なんてどうでもいいじゃないかと思うのが一般的かもしれませんが、裏面の情報というのは非常に濃厚です(ブログ主の個人的な経験のお話ですが、過去に修復した作品の場合、表側よりも裏面に情報が多く、その読み取りに非常にわくわくしたものです)。画布が基底材の場合よくあるのが、「裏書」や「各種ラベル」「製造会社の印」などがあるのが裏面です。こういうものによって、どういう目的で描かれた絵なのか、誰の絵なのか、何を描いたものなのか、制作年はいつなのかのヒントが得られるはずなのですが、「裏打ち」によって見えなくなってしまいます。あるいは、上記のいずれもが存在しない作品もありますが、単純に「裏打ち」によって、画布の「織り目」が見えなくなるのも問題です。
布の織り目を見てどうしようと??と思われるかもしれませんが、布の織り目によって、そもそもにその作品が脆弱な素材からなるのか、否かや、弛み易いのか否かなどがわかります。裏打ちがなされている作品の場合は、「どうして裏打ちが必要になったのだろう」という要因などの観察にも重要ですね。
あるいは、画布を基底材とする古典の巨匠作品、有名どころですとヤコブ・ヨルダーンスがよくやっていることだったりしますけど、制作当初より後年に、作品の拡大などをやっていたりするんですよ。画布を基底材とする作品の拡大ってどうやると思います?布を拡大するとなると、他の布をオリジナルの布に対して縫い合わせることになりますよね。そういった布の継ぎなども、裏面に裏打ちがある場合に明確にわからない場合があったり、あるいは継ぎの仕方の技法の確認ができなかったりもしますので(布の継ぎの方法だけでも複数ありますし、画家の手によるものか、あるいは後年の手によるものかといった判断のヒントともなるでしょう)、こういう可視光線では見えざる部分を観察ためにはX線(レントゲン)写真は非常に有用性があります。
本日のまとめ
上記に書いているのは、X線(レントゲン)写真で観察できる例の一部ですが、なににせよ、作品に物理的な処置をしない限りは観察しえない部分の観察を可能にしてくれていることはお分かりいただけると思いますし、あくまでも絵画層だけでなく、下地層や基底材などの情報も得られる方法であることも、ご理解いただけるかと思います。
つまり、たった1枚の写真で、基底材、下地層、絵画層と、複数の層の情報が一遍にみれる方法なんだ、という意味では非常に情報量の多い写真ではあるのですが、逆をいえばあまりに情報量が多いので、それを正確に読み取るのは非常に難しいともいえる方法なのです。
こうやって「X線(レントゲン)写真は情報が多い」という話をしますと、「X線至上」と考える方が結構出現してしまうのですが、そうではないこともご記憶ください。
もう少々X線のお話は続きます旨ご容赦くださいね。本日はすでに長くなりましたので、これにて。
最後まで読んで下さりありがとうございます。
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