なぜ油絵の下地には「体質顔料」を「色を担当する粉末」の主体にできない?③:「屈折率の理解のために」-「光の屈折」について-

修復を学ぶ

ここしばらく違う内容の記事を挟んでおりましたが、それまでシリーズでやっておりました絵画(主に油彩画・テンペラ画)の構造に話を戻してまいります。現状シリーズとなっておりますのは「下地層(地塗り層)」のお話、ですね。

「絵画の構造」シリーズの前々回までは、主に「水性地」「油性地」「エマルジョン地」と3種類ある下地の中でも、なぜ「水性地」は「体質顔料」と「膠」、「油性地」は「白色顔料」と「乾性油(あるいは加工乾性油)」という組み合わせなのか、ということで、まず「体質顔料」というのはなんだろうというお話をいたしました。

さらに直近の記事において、この油性地・水性地の素材において「色を担当する粉末」に、前者に対しては「顔料」後者に対しては「体質顔料」が主体なのはなぜかに関わることとして「屈折率」が関わるということをチラっとお話しました。

その上で直近の記事についてはその「屈折率」への理解を深めるべく、「見ること」についてや「光」の在り方、「屈折」について少々お話しました次第です(物理・化学を専門とする方からすると「?!」という説明もあるとは思いますが。ご容赦ください。汗)。なんていうんでしょ。直近の記事でも書きましたとおり、「視認する」という行為には「光」「物体」「目」(さらに言えば「脳」)が必要なんだっていうことを常に念頭に置いておいていただけるとありがたく思います。

本日は先の記事の続きとして「光の屈折」に関するお話をするのですが、それはそもそもの「下地」の構造関連のシリーズにおける「なぜ、水性下地においてはその素材なの?」「なぜ、油性下地においてはその素材なの?」ということへの説明に生きていくと思って読んでいただけるとありがたいです(汗)。

実は「光の屈折」は日常、当たり前に多くの方が目にしている

ものを見るには、先にも書きましたとおり物体と光と目が必要なのですが、物体に光が当たって、固有の色以外の光のスペクトルは物体に吸収され、固有の色のスペクトルが目に入ることで色彩などを人は認識する、というのが基本です。でも、我々の身の回りは、いつもそんなシンプルな状態ではありません。

例えば、ガラスでできたグラスの中の飲み物を見る。ガラスの向こうの風景を見る。お風呂の湯舟の中で、水に浸かる自分の体を見るなど、自分の目に光が届くまでに異なる媒質を光(波動)が通過する必要があることは沢山あります。

実生活の中で、コップの中に水を入れて、さらにストローを指した時、空気中のストローと水の中のストローは、視覚上曲がったような関係で見えることは皆さんご経験あるでしょう。ここで「え?」と思う方は、透明なグラス、普通のお水を用意して、ストローでもお箸でもよいので、お水を満たしたグラスにストローなどを指して観察してください。

通常大気中のみでストローなりお箸などを見る際は、まっすぐに見えても、グラス内のお水の中のそれらは大気中の見え方とは変わります。

これは、光(波動)が異なる媒質を通るときに、波動の周波数が変わらないまま、進む速度が変わるため進行方向が変わるために起こることだそうです。

わかりにくいですよね(汗)。こういうのを光の屈折というらしいのですが。

「光の屈折」が起こる理屈の、簡単な説明をしてみる(苦笑)

繰り返しとなりますが、モノを目視するには、「ものに光が当たる」「そのものから特有の光が反射する」「ものから反射された光が目に届く」ということが大事なのね。

そうすると、例えば液体の中に入っている物体を我々が認識するまでには、「光が『大気』を通過する→光が『液体』を通過する→光がものに当たる→特有の光のみものから反射される→光が『液体』を通過する→光が『大気』を通過する→目に届く」という感じのことを経過する必要性があります。

我々は当然「大気」と「液体」が異なるもの(媒体)であることを理解しております。で、こういう「大気」とか「液体」(ここではおおざっぱに言っておりますが、もっと細分化されます)など、異なるものの中を光がとおるとき、その速度が変わってしまうことで、光の進行速度が変わってしまうんですね。言ってみれば我々人間だって、大気の中とプールの中では動く速度は変わるわけで。光の場合は「大気」と「液体」という異なる媒体を通過する際は、そのせいで「進行方向が変わってしまう」ということが起こってしまう。

これは先ほどご説明したとおり、「光がものに当たるまで」だけでなく、「ものから反射した光」も同様に、「液体」→「大気」と経過することで「進行方向」が変化するため、液体を満たしたグラスの中のストローは、たとえ本来まっすぐのものでも、大気中と液体の中の部分でゆがんでいるように見えてしまうのです。

上記は、日常でよく見る現象を言葉にしてみた感じなので、「そんな簡単な話をややこしく言わなくても…」とお思いかと推察します。

さらに、「こういう話をどうしてしているのか」とも思われるかとも。

なぜならですが、光(波動)の屈折と「屈折率」は関係性があるためです。

本日のまとめ的なもの:「光の屈折」と「屈折率」の関わり

では、そもそもに「屈折率」とはなんなのでしょうか。「屈折率」とは、真空中の光速を物質中の光速(より正確には位相速度)で割った値で、物質中での光の進み方を記述する上での指標です。

上記の「大気」と「液体」の話のとおり、光速は物質によって異なるため、「光」の「屈折」などが発生するわけです。なお、いろんな説明を省くために、先述にて「大気」「液体」と書いていますが、「気体」にせよ色々種類がありますし、液体もあらゆる液体によてこの「屈折率」の数値は変化します。

もちろん「気体」「液体」に限らず、いろんな物質ごとにこの「屈折率」は異なる形となりますし、光の「屈折」と「屈折率」に関係があるのであれば、「屈折率」の違いが「物質内を進む光の速度」と関わりがあると薄々感じられると思いますし、加えて「光」が「ものの見え方」に関わるならば、「屈折率」の数値の違いが「ものの見え方」にも変化を与えるだろうことは、なんとなくお分かりいただけると思います。

と、ここまでの段階で「水性下地の素材」と「油性下地の素材」が異なることが、光の速さとか、光の屈折とか屈折率とかと、どんな関係が!?と思われると思います。

これを書いているブログ主自身、理系ではありませんので、これ以上理系の難しい話はするつもりはありません(汗)。

重々この記事などで理解していただきたいのは、「ものを見る際には『光』が関わる」ということや、「光が目にどう届くのか(光の量や届く光の種類、角度など)」、そもそも「見るべきものはどんなものか」など、「光」「もの」「目」が関わるってことです。

というわけで、すでに結構ややこしいので、本日はここまで。最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

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