「絵画保存修復を学ぶ6:留学って簡単?」や「絵画保存修復を学ぶ7:留学をする場合:入試ってどんなことをした?」などにて、ブログ主は「日本の大学卒、保存修復に関しても日本の大学院で学んだ上で、学部から留学」ということをお話しました。
でも、そういうお話をすると、「普通、大学院まで行ったなら、普通留学は大学院からじゃないの?」と思われると思います。私自身、留学を始める際、すでに日本の大学院にて学んでいるので、すんなり留学先でも大学院までスキップできると思っていました。あるいは学部始まりだとしても1,2年生分くらいはスキップできると思っていましたが、実際はそうはならなかったのです。
ですので、これは「留学した本人が望む、望まない」の話ではなく、海外のシステムとして「学部からスタートなのか、あるいは大学院までスキップできるのか」というお話として読んで下さい。
エキヴァランスとエラスムス:EU圏内における等値証明と単位互換システム
これは文化財保存修復のみの話ではなく、EU圏での留学全般のお話になるのですが、EU圏に留学する際に同じEU圏の学生であろうとそうでなかろうと、「エキヴァランス(équivalence)」という書類を提出しなければなりません。例えば日本人での大学院修了者の場合は、高校・大学・大学院の「卒業証明書(および修了証明書)」と「成績証明書」そして「カリキュラム概要」を「法廷翻訳人に翻訳してもらったもの(国の印がないものは認められない)」を「équivalence関係機関」に提出して初めて受け取れる書類が「équivalence(等値証明)」です。
なぜこういう書類がいるのかを具体例を挙げてお話しますと、日本の場合、一旦慶応大学を卒業しました、その後京大に入りましたという場合、同じ日本国内という中で、慶応の学びの内容や学びの質を問うことは簡単だと思うのです。そうすると、京大において「ああ、すでに慶応でこれこれを学んでいるから、これは履修免除しても大丈夫」とすることができます。しかしこれが片方が違う国であればどうでしょうか。「この人は本当にこれを学んだのだろうか?」となるのはわかりますよね。
ですので、よそ国の人が入学する際に「この人は大学に入ることができるほどの学びをしてきたのだろうか」「数学年スキップできるだけの学びをしているのだろうか」「いきなり大学院に入れるほどの学びをしてきているのだろうか」を測る書類として、「équivalence エキヴァランス」が求められます。ちなみにこの「équivalence エキヴァランス」は、一度取得すると、一つの国に限らず、別の国に再度留学したい時など、あくまでもEU圏だけだったと思いますが、「留学希望者の学びの内容と質の証明」としてどれだけでも利用することができる、結構な証明書なんですね。特に「文化財保存修復」の学びに関しては、EU圏内においては「ECCU」によって最低限学んでいるべき科目が決まっているはずですので、それがクリアされていないとスキップは難しいということになります。
ブログ主の場合は、日本での大学時代は美術系でしたので、主に物理化学系の授業の単位が殆どなかったことがひっかかりました。いくつかの授業は履修免除できましたが、中には「選択必修」というのがありまして、例えば「3つの選択肢から必ず1科目とること」みたいな授業があるんですよ。で、それのうちの2つの単位を日本で取っていても、「最後の1つの授業は取ってないみたいだから、それは必ず選択してください」となり、なぜか履修免除できないというわけのわからないものもありました(苦笑)。こういうことから、少なくとも私の留学先の大学院大学で、保存修復専攻に限りとなりますが、スキップできた学生は殆どみたことがありません。これはブログ主の出身がEU外だからだけでなく、EU圏内から来ている他の学生でも、大学院までスキップできた人は6年間の間で1人のみ、学年スキップも2年生から始めることができた学生を6年間で1人見たのみです。文化財保存修復の場合は、医療と同じで、世の中に一つしかない作品をお預かりして、処置をする責任の重い仕事に関わるので、等値判定は結構厳しくなるんでしょうね…。
このエキヴァランス、同じくEU圏内にのみで機能している「エラスムス」とも関わっていると考えられます。このエラスムスは「学生が留学した際に取得した単位を、元来の所属大学での単位に互換できるシステム」のようにブログ主は理解しています。最近の高校事情がわからなくて申し訳ありませんが、ブログ主が高校生の頃は、在学中に1年留学するとその間、元の高校が休学扱いになるのかな、それで留学した子は最終的に日本の高校に4年間在籍する扱いになっていたのね。多分これは現代(2022年)の殆どの日本の高校・大学においても同様だと考えるのですが。でもEU圏内の学生が「エラスムス」を利用してEU圏内の大学で学んだ場合は、5年制の大学の場合は5年制でちゃんと卒業できる、そんなシステムになっています(あくまでも卒業必須単位が取得できている場合に限ります)。
いうなればなのですが、エキヴァランスとエラスムスが機能している大学においては、おおよそEU圏内において、少なくとも文化財保存修復に関しては「最少必須単位」をとれるだけ、同等の学びができるのではないのかなと推察します。あくまでも推察です。ブログ主はエラスムス利用者ではなく、留学先は1大学のみですので、実体験などではないですし、留学のエキスパートでもないですから。
実感としての équivalence エキヴァランスのありがたみ
すごく正直にいいますと、ブログ主は留学当初は大学院どころか、1学年分もスキップできなかったことが嫌でしかたありませんでした。すでに学んだことのあることを繰り返すのも嫌でしたし、慣れない外国語を引っ提げて、できるだけ必須科目を減らしたいという気持ちもありました。
反面、学年が上がるにつれて思ったことは、「もしあそこでスキップしていたら、おそらくこの学年から上には上がれなかったかも…」という実感でした。なぜならば、ブログ主の留学先では「1年の〇〇先生の授業でこういうのをやったと思うけど」と別の××先生が話しながら授業をしていて、いわば、1年次の授業が理解できなければ2年次の授業が理解できない、2年次の授業が理解できなければ3年次の授業ができないという感じに全ての授業が繋がっていたからです。
もっとわかりやすく言いますと、これはあくまでも個人的見解でしかありませんが、自分が学生の立場であろうとも、実際教員として教えていた頃であろうとも、日本の大学の教え方というのは、卒業して振り返ると、「家の模型のキットがばらばらに残っている感じ」なのです。賢い人はきっと履修中に家の形に組み上げているのだろうけれど、普通一般の人間(ブログ主含む)は「キット」の状態でしかない。
反面、私の留学先の場合、卒業すると大きさの大小は異なっていようとも、とりあえず「家の状態で建っている」という印象を持っていまして。で、その家の大小がどこにかかっているかというと、1,2年生の必須授業の理解度によるように思われることが、あくまでも個人的な印象なんですけど、そう思うのです。家の部品って、柱とか床とか屋根とか、ないと困るものばかりで。本当は柱の部分の単位をとっていないのだけど、でも「日本で大学院出てるから!」で留学先で大学院にいっちゃったら、結局柱のない平屋に二階部分を付けるみたいになってしまって、結局よくないんですよ。
日本の大学の場合、すべての授業がつながっていない「キット」状態だからこそ、「〇〇の授業は全然わからなくて、ぎりぎり可だったけど、とりあえずもう単位とったしどーでもいいわ」になれるのですが、西欧の大学の場合は大げさにいうと「1年次の●●の授業がわかっていないと、2年次の××の理解が不能、最終的には卒業不能」になるので、エキヴァランスはそれを防ぐ機能をしているのだと考えるのです。
とはいえ、ヨーロッパ内にもエキヴァランス不要の大学もあります。エキヴァランス作成自体、結構面倒な上、お金がかかりますので、ここで詰まってしまう方もいるのですが、こういう場合はエキヴァランス不要の国あるいは学校を探されるとよいかと思います。留学でこだわるべきはそこではないですから。
本日のまとめ
簡単に結論を申し上げれば、日本の大学時代および修士時代において、留学先の必須科目の単位が取得できていれば、システム上、留学においても大学院から始めることができます。ただし、「要エキヴァランス」の学校の場合はそれは留学希望者が決めることではなく、「équivalence エキヴァランス機関」が判定することですので、時には難しいこともあります。例えば同じ授業名でも、カリキュラム内容が十分でない場合は「単位取得」の扱いにはなりにくいと考えられますので。
ただ、実際日本で教員をしていた立場で、海外からの留学生の様子を見ていても、「学部からやったほうが」という学生さんは正直います。そういう違う国出身の学生さんの学力の危うさというのは、日本だから海外だからというものではありませんので、そういう意味では「équivalence エキヴァランス」のシステムがあると、大学や教員が悪者にならない形で学生さんの本来のスタート位置を評価できるので、実のところ学生さんにとっても本当は助けになるシステムなんだと思います。
なので、もしすでに日本で大学院を修了されが上で留学される方で、学部の、しかもしょっぱなからのスタートとなっても、決してめげずに逆にチャンスと捉えて学んでもらえたらなと思っています。
本日は以上となります。最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
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